June 29, 2004

ほんださちこ

sachiko.jpg

♪本多幸子 (Honda Sachiko)
NPO法人メディアMAIの仲間と京都を中心に活動しています。
50歳を過ぎてから大学院に通い始めました。娘と息子は同じ大学の大学院の先輩です。
一念発起して入学した大学院生活は嘗てないほど充実したものです。
若い仲間から得た素晴らしいパワーを世の中に還元したい思いです。

社会的起業やSocial Enterprise(社会的企業)、Juma Venturesの活動に興味を持っています。
趣味は、旅行と美術館めぐりです。
好きな音楽家は、J.S.Bach と W.A.Mozart それに The Beatles 。
好きな彫刻家は、流雅之。
好きな陶芸家は、濱田庄司と河井寛次郎。
好きな建築家は、F.L.Wright と安藤忠夫。
好きな画家は、H.Matisse と尾形光琳。
顔見世に行って以来、歌舞伎にも嵌まりそうです。

投稿者 Honda : 11:34 PM

June 14, 2004

片岡勝氏ゲストトーク

片岡勝氏(市民バンク代表)に2004.6.14ゼミに来ていただき、お話しを伺いました。
(文責は西村にあります。)

ぼくが生まれたのは東京。最近東京を離れて、「地域から日本を変革しよう」ということで、東京に帰るのは月に1泊か2泊かな。そんな生活を始めた。それを初めて見てわかったのが、東京を捨てて地域から変革しようと思ったら、東京を意識せざるを得ないということ。何故かというと、まずマーケットで言えば90%のカネが東京で動いている。大阪で仕事をしてみてわかったのは9%くらい。それはボリュームではなくてMV自乗のVが大きい。エネルギーを出すのは「質量×動き」なんだ。その「動き」の累乗が東京は速い。それから人間がたくさんいるというということだけじゃなくて、おもしろがる奴がいる。真面目な奴よりおもしろがる奴がこれから大事なんだろ?それから東京は全国に対して明治以来つくってきたネットワークを持っているんだ。悔しいけど全国に情報を流そうとすると東京から情報を流したり、モノも流したりする方が、ものすごく整備されている。「すべての道はローマに」行っているんだ。これをこれから壊さなきゃいけないということに気づいたんだ。それが、東京から離れてみて逆にわかったこと。

僕のターニングポイント。いくつもあるんだけど一つ目は小学校の3、4年の頃。三男坊で甘ったれている訳だな。その資質は残っているんだけども、クラス委員かなんかをやっているときに雪が降った。隣のクラスと雪合戦になって、クラス委員だから一番前で闘った。全部自分に向かってくるようにおもうわけ。恐いわけだ。泣いちゃっているんだよね。雪で濡れているのか、泣いているのかわからない。けどチャイムがあるのがものすごい待ち遠しい。10分なんだけど1時間やっているような。だけど俺はそのとき逃げなかったわけだ。ほんとは逃げたかったけど。後ろに引いていって、前にだれか立たせてうまいことやろうかと思ったんだけども、やらなかった。それから「逃げないというのが信頼」というのを知ったわけ。

それから俺は超マザコンなんだけども、学校の教室のガラスを悪戯して割ったんだ。そうしたら先生も生徒も皆して、やいやいと言ったわけ。家に帰っておふくろに言うと、財布をもって学校へ行って、教室へつかつかと言って、最初にきいた質問が「どなたかにお怪我をさせることになりましたか?」先生は「ありません」と言った。次におふくろが「おいくらですか?」ときいた。当時30円か40円くらいだと思うけども、いまなら千円くらいかな。それをぷっと置いて黙ってスタスタと帰っていくわけ。あれで参っちゃったね。それから死ぬまでおふくろには頭が上がらない。
要するに契約概念なんて言葉は知らなかったけども、どうしてガラス割ったくらいで、一緒になってはやし立てなければいけないんだと。いいのよ、社会のルールで人に迷惑をかけない限りは、何をやってもいいんだ。このことは僕にとっての大きな原点だと思っている。

それから大学闘争の時代。今里先生の時代というのはずっとあったんだけど、セクトには入ってないんだけど良識派のリーダーだったわけだ。そのときもう「青田刈り」で就職決まっている。銀行が定期的に僕を呼ぶわけだ。ちょっと有名になりすぎているんじゃないかと。そのときおやじは「出世の妨げになるから止めろ」と、おふくろは「正しいことはガンガンやれと」そんな感じで、これは男はだめだと。常識を言う先生と親のいうことを聞いちゃいけないと。いまでも授業で言う「常識を言う人はすごい悪い人」自分のアタマで、自分の価値観で考える。というようなことをそのころから思っていて、大学闘争というのも僕にとっては大きかった。

その後銀行に入るんだけども、どうしてわけのわからない道、荒野を目指したかというと管理職に出世しそうになった。俺の場合には能力あるから、とことん行っちゃうわけだ。これはまずいと。頭取以下常務たちが有能、というか無能じゃないと知っていたら、目指していたと思うんだ。でも3万人くらいの組合の委員長やっていて、経営者とやりあうわけ。こんなもんかと。こんなもんのためにあと20年も30年もやっていられない。だから皆も入ってすぐに気づかないといけない。

いままでは管理されるのも嫌いだったけど、するのもイヤだ。似合わない。だから全然考えなかった。管理職になっちゃったら、管理するのをやるのが契約関係だから、真面目にやっちゃう。最後の姿はそうなっちゃう。そのコースに魅力を感じなかったんだな。そうじゃないコースはなにも考えなかった。考えるはずがない。だいたい将来のことなんて考えても分かるはずがない。君らの中で一人として今考えている将来を予定通りいく人なんて全然いない。君らの人生なんてつまんない人生なんだよ、みんな。大したことない人生。「人間の命は地球より重い」なんて全然。軽い軽い。俺世界84ヶ国回って、危ないところいろいろ見てきているから、イラクでズドンとやられた人のことすごくよくわかる。死ぬときのことなんてわかりゃしないんだ。いつ死ぬかなんてわからない。だから慌てなくちゃいけない。明日死ぬかもしれないんだ。

歳をとると人生つまんなくなると思っていたけど、違う。一年ごとに面白くなってる。この10年毎年面白くなる。それが、そういう人生の人とか、もう何で生きているのか不明の人とか、2つに大きく分かれるんだ。そのどっちを目指せるかなんだ。それは何か。ターニングポイントは。「自分がリスクを取る(背負う)人生」ということなんだ。いままでの大学とか親っていうのは、なるべくリスクを取るなと、他人のせいにしろと、あれが人間を腐らせるんだ。ちがう、もうどんどん自分が責任を取ればいい。

これから来る二人のうちの一人(山根さん)はもう卒業して、いまインキュベーションセンターの社長だ。毎日、毎時間トラブッっているわけ。経営者というのは何かというと、トラブることが悪いんじゃない。トラブるに決まってるんだ、人間の社会だから。それを解決する能力を磨いておけば、何をやったって生きていける。たとえば僕がモザンビークへ行ったときに、グラサ・マシェルという文部大臣に会っている。(いまマンデラの嫁さんになっている。)30年続いた内戦が終わろうとしていて、これからどうしていくか。あなたの国でいま何が問題ですかと尋ねると、ゲリラと政府が銃をたくさん持っている。内戦が一気に終結すると街に売られてしまう。治安が悪化する。ここで普通の日本人は「そうですか大変ですね」で終わる。そうすると相手にされない。5秒が勝負なんだ。俺はクリスチャンじゃないが学生時代セツルメント運動で聖書はよく読んだんで、そういうのが効いてくる。「剣をもて鍬とせよ」というのを思い出した。「戦いの道具を生活の道具にしよう」鍬が思い出せなくて鎌になっちゃったんだけど。そこで全然反応が違うんだよ。そこでCCM(Christian Council of Mozambique)という団体が、内戦のなかでは政府とゲリラよりも偉いわけ。そこがバチカンと話して内戦を調停した。それに紹介されていくわけだ。それで行きがかり上、コンテナ7,8杯の生産財を送るわけだ。銃を溶かそうと思ったら堅くて溶けない。日本で溶かそうと思ったら日本は持ち込みができない。それでトタン、自転車いろんなものを送って、いまそこのHPを見ると、カタオカって風来坊が来て、7万何千の銃とか弾薬を集めて平和に貢献したとか書いてあるんだ。その後は国連が買っているんだよな、銃を交換するんだとか言って。これからは市民のアイデアが国や国連を動かしていくんだ。

それでどうやって知恵を出せるか。知識なんていらない。現場に行ったときに問題解決ができる知恵が出せる。これだけが自由に生きていけると言うことなんだ。それと自由に生きていける、いつも面白く、だれからも規制されない生き方ができる。うちは100人以上に給料を出しているが、これから来る山根さんというのは5人だけの「プータロー認定」。時間もいつ出ているかも何も問われない。そのかわり成果だけ上げようという働き方。ほんとうに自由と勇気を獲得して成果だけで生きられる人間を創りたいわけ。上役の顔色を見るとか、世の中の流れにゴマをするというようなのは日本社会をダメにするだけ。地域をダメにするだけ。他の人が言ったことやったこと。これや言ってもやってもいけない。必ず自分のオリジナリティをつけて、何かをやらなければならないんだ。つまんないことを言う奴とは口をきいちゃいけないんだ。つまんない試験問題を出したら破く。いいね。先生に投げつける。そういう気迫を持たないとダメ。それが先生を健全化させるんだよ。先生たちの前でも言うわけだ。だいたい煙たがられるけどな。先生を職業にする人のことは信じちゃいけないんだ。

いままで2000人くらい教えてきて、事務所も全国10ヶ所くらいあって、こんど京都にも創るんだけど。そういうところにインターンで来たのが一割。その中の一割つまり1%が起業家になっているんだ。NPOの理事長とか。そういう確率なんだ結局。
授業もやっているけど、授業に割いているエネルギーなんて10%くらい。「社会は厳しい」なんて言うけど、全くウソだからな。「社会はチョロい」もうなんでもうまくいく。ビジネス、金儲けなんて、こんな簡単なことない。人育てはたいへん。裏切られっぱなし。こいつはいいなと思ったら転けちゃったり、先走りだけで次の日には忘れてたり。
伸びる学生はどういうのか。「肝がすわっていて、なおかつ敏感な奴」だけどほとんどいない。生き残ったのは鈍い奴だよ。失敗しても叩かれても堪えない奴。これが大事。アタマなんていらない。体力とそれだけ。これから社会にでて、それさえあれば恐いモノない。体力があってハラが決まっていたら。日本の社会にはハラが決まってない奴しかいないんだから。(中国にはたくさんいるんだけど。)もう競争率ゼロ。
僕なんて「社会に出て苦労したんでしょ」と聞かれるが、銀行なんてチョロかった。ハラ決まっている奴なんていないから。フィールドで走っているんだけど、周りを見たら僕しか走っていなかった。だからいつでもウイナーなんだ。

僕のやってきた事業というのはいつも新しいこと。よく失敗する。うまくいかない。振り向いてもまだ(他人は)走ってこない。また失敗する。振り向いたらやっと一人走ってくる。3回目くらいにやっとうしろでゼイゼイやっている。こっちは3回も窮地に陥っているんだから経験が違う。むこうはゼイゼイだろ。これからのビジネスというのは最初にやっったやつが90%牽引する。ビル・ゲイツが9割稼ぐわけ。3人しか勝たないんだ。次にビジネスやる奴が9%取る。最後の奴はトントンなんだよ。自動車産業で言えばトヨタ、ホンダくらいで、あとは外国人。3つくらいしか残らない。そういうのが世界的な競争で行われている。だから世界で通用するビジネスをやろうといつも言っている。世界のモデルをつくるんだ。といつも言うわけだ。

今日来る山根さんは20人のひとり。来月シンガポールで行われる「Social Venture Network」というのに学生を10人くらい連れて行くんだ。僕のポケットマネーで。山口県立大の一年生の授業で「はい、シンガポール行きたい人」って聞いたら、男子と女子の学生が一人づつ「ハイッ」って手を挙げた。じゃ二人連れて行ってやろうというと、あとからメールが来るわけだ。「私も行きたい」って。俺はその根性がイヤだ。挙げるんならみんなの前で手を挙げろと。あとから「**さんが行くのなら私も行きたい」と。腐っているだろその根性。知識教えているんじゃない。真剣勝負なんやと。チャンスというのは一度しかないんだよと。迷ったら負けなんだよ。

僕が唯一自慢できるのは、人生で迷ったことないということ。会社やめるときも24時間で全部決める。辞表なんて書くわけだ。ホームドラマなら涙が落ちてユラユラして、、でも涙なんかで出やしねえ。うれしくて笑いながら書いていた。会社に持っていったら、人事の奴が「これは様式が違う」って、これにサインとハンコをくださいって。俺なりに下手な字で3回書き直して、いちおう人生15年のエネルギーを費やしたという思いをこめて書いたのに、ワープロかなんかで書き直せという。おれは辞めてよかったと思ったね。組織というのはその程度にしか思っていなかったんだということに気がついたよ。そんなもんだよ。君ら。夢はもうないだろうけど。もしも組織に入ろうなんて思っていたら、勘違いしている夢は早く捨てることね。だいたい3日いればわかるよ。ここには自分の居場所はないということがな。トロい奴は定年までいるとかな。

そういうことで自分は新しいビジネスを早くやる。人がやっていたらやめちまう。なんでもうまくいくというのは何ですかというと、要するにリスクをとってともかく人より早く、新しいことをやる。人がやっていることをやらない。変革期というのは完全にそう。どれが正しいなんて分かっている奴は誰もいない。だから「これだ」と思ったら勘違いでもいいからやりゃいいんだ。あとで修正すればいいんだ。だから間違った判断でもいいから速い判断が重要なんだ。修正きくんだから。一番悪いのは慎重に考えるとかいって、じっと考えて、しない。そういう人生路線をとっている人。死ぬまで考えていろと。何も始めない奴。

なぜ自信があるかというとやることみなうまくいくということ。簡単。自分でいつもハードルを低く設定する。学生にもいつもそう。風が吹こうと、風邪をひこうと、絶対にクリアできる目標を設定してあげるわけ。おっちょこちょいなのは、出来もしないのに言うんだよ。止めとけ、そんな無理は。そいつが1メートルの高さが飛べるなら10センチでいい。目標はうんと高くてもいい、でも一歩は小さくいくんだよ。それが俺は自分にもそうしてきたし、若い人を育てるときもそうしてきたわけ。そうするとみんな成功し続ける。勘違いも含めてみんな自信をもつ。そうすると1メートルしか飛べなかった奴が1メートル50くらい飛べちゃうんだ。時々。そうするとまた自信をつける。

いままで200人のインターンが来ているから、学生間の競争はたいへん。みんなピーピー泣いている。俺が泣かしてるんじゃないよ。相互の競争をやっているんだ。「あの人に負けて悔しい」と。うちの主力は女性なんだ。女子学生なんだ。会社のほうもほとんど女性。男は肝が据わっていない、それから考えすぎる。女性の起業家のいいところは例えばバランスシートを読めない。だから赤字かどうかよくわかんない。だからがんばっちゃうというみたいなところがあるんだよ。わかるから良いんじゃない。わかんなくていいんだよ。そうやって走る。女性のほうが今の時代には向いているね。変化の時代に、いちいち変化なんて考えなくてもいい。もっと骨太に「こっちだ」みたいにしていった方が、世の中の方がブレていくわけだ。

「コミュニティビジネス」に何故ということだけども、俺が始めたときには「コミュニティビジネス」なんて言ってなかった。地域から、いずれ行政が財政難でカネがなくなるから、行政にみんなが依存していた社会はなくなるよ。こういうふうに思っていた。行政がカネがなくなっていったとき、弱者が切り捨てられていくだろうと。これをコミュニティに住んでいる人たちで、自分たちがビジネスとして、ボランティアじゃ続かないから。ビジネスとして埋めていかないといけない。ということを10年以上前から言うわけだ。やっぱり先見性というのは確かにあるね。僕の場合。(笑)
それだけだったら、たいしたことない。それを俺はやっちゃうわけだ。そして成功させちゃうわけ。俺とつきあうとうまくいっちゃう。ハードル低くするもんだから。森部なんかがきてもうまくいくようにさせてあげるわけ。来る確率いま3割くらいなんだよな。入れる確率は1割くらい。

そんなふうにして、無理すんなと。例えば1500万円で天然酵母のパン屋さんを開きたいって、女性が来たわけ。そのときに自己資金が500万円。あと1000万円市民バンクで貸してほしいというわけ。いままでの銀行なら貸してしまうわけだ。俺はそうは言わない。500万円は貸す。あとの500万円はなるべく返さないでいい金を集めろと。そうすると彼女が考えたのは50数人呼んで一人から10万円づつ債券を集める。この10万円というのは返してくれと言いにくい金額なんだよな。こういう金の集め方をするのがポイントなんだ。ほとんど「返せ」とは言ってこなかったって。この500万円は返さなくていいわけだろ。こういうのが損益分岐点。ここまで売って、ここまでに返さなきゃとやってハードルを高くするからみんな失敗する。当時金利は6%だった。6000円だろ。これを「パン」で1年に1回送るわけよ。これをまとめて送らない。雨の日に余ったパンを送るわけ。6000円分のパンなんて食えるわけがない。これが彼女の知恵なんだよ。食えないからみんなにお裾分けするわけだ。タダでパンを貰って、うまくないという奴はいない。絶対、タダで貰ったパンってうまいって言うんだ。すかさず「買ってね」と貰った出資者から言ってくれる。歩く広告塔をつくったわけだ。そういうアドバイスをする。やっぱりうまくいくというのはうまくいくだけの知恵を感じるだろ?。

こういうふうに117件、6億くらい。ファンドの方も3,4億あるけど、これはなかなか投資する先がない。山口でやったときのオークションは1200万円くらい金が集まった。それは簡単なんだ。最初からいろんな奴に頼んで900万円くらいまでは読んでおくんだ。そして札をあげる奴を前の方に配置するわけ。後ろの方の人は恥ずかしくて挙げざるをえないような雰囲気をつくる。だいたい「高齢者商法と同じですね」と言われるけど、ともかくみんなを熱気に包む。そうしたらみんな挙げるんだわ。900万円に2〜300万円上乗せしちゃう。「来たらもう出す」というような。オークションというのは地域の財、リソースというのをどうやってみんなが持ち寄るかということで、金だけじゃない。例えば「学生耕作隊」これはすごいんだ。近藤のりこっていう、小さいけど女子柔道やってるから筋肉すごいんだ。その子が授業ごとに全部回る「先生、5分いただきます」って。そしてアンケートを採るわけ。そうすると70%の学生が農業体験をしたいと言っている。それでメーリングリストにして「言ったんだからやれよ」みたいにして、梨もぎがあります。イモ掘りがあります。イチゴ採りがあります。って流すわけ。1年間で1000人動員した。NHKの全国放送に出ちゃったら、長野県だとか方々から、いま2000人だよ。その位ニーズがあるわけよ。彼女なんかがオークションで得たのは、肥料、壊れたトラクター、軽自動車、農業の知恵、いろんな財。汗、技術、知恵、土地、耕作放棄した畑なんてのはむちゃくちゃあるんだ。そういうのをみんな「頼みますよ」と。最初はみんな信じなかった。「学生なんて何が出来るの?」と。それが最近はみんな頼んでくるようになったんだ。島根・金木町で47ヘクタールの土地どうするか知恵を貸してほしいとか、津和野の旅館で、吉野屋っていちばんいい旅館なんだけども、こんど「学生再建チーム」というのをつくるわけだ。「もうこれから先、金のために働くな」と。旅館というのがすごくいいのは泊まるところと飯が出るということ。給料は出ない。「給料は君らで稼ぎ出せ」っていうチームを作るんだ。そして全国にまたワーっとやるわけ。そうすると夏休みとか、またなんかやりたい奴がくるわけだ。喫茶室とか倉とかいろいろ余っているんだ。それを学生で経営するやついないかとやるわけだ。君らは労働力と時間を投資すると。収益が出ればそこの社長と話しあって決める。そういう働きかたをどんどん広げていこうと思うわけだ。

俺がおふくろに言われたことで、大きかったのは「20代で貯金するようなくだらない男になるな」て言われたんだ。銀行で、給料を振り込みじゃなく現金でもらっていたの俺だけだった。「面倒なんで振り込みにしてくださいよ」って年中言われていたけど、そんなことしたら怒られちゃう。「通帳に金を残すな、全部使え」地域通貨の思想だな。大変だったよ。150時間残業だったから。給料の倍くらいあるわけ。マザコンだろ。これを使い切らないと怒られちゃう。恐くてしょうがない。最後はどうしようかと思いながら使っていた。というのが良かった。それが住民運動にお金使ったりとか、菅直人くんの選挙責任者を俺がやるわけだ。そういうのにもお金を使ったんだ。金を使うために政治運動とか選挙運動とか市民運動とかやってたような感じだな。1番のスポンサーだよな俺は。というような感じでいろんなことをやったのが今に生きてるとすれば、まあ人生たいしたことないなというふうに思えたよ。つまり真面目にやらなかった。真面目なんてほんとに「バカ」ってことだよな。9時に行って5時に帰るとか。自分で自分の時間をコントロールできない人生なんて、もう最悪。もう好きなことをやれるために生まれてきたの。「努力」とか「がんばる」とかやっちゃだめだよ。それは最低の生き方。おもしろいことなら、ほっといたって、周りから見ていて「がんばってるね」ってなるのよ。自分ががんばってるなんてぜんぜんがんばってない。take it easyなわけだ、気楽にやってるわけだ。周囲は言うよね「よくがんばってますね」って、そりゃそうだ、10年以上日曜日に休んだことない。土日もない。朝起きるときに、寝てるのもったいないんだから。そうか今日は何が起きるかわからないなと。おかしいよな。ひとりでベッドから起きて、ほとんど毎日ベッドが変わるわけだからな。起きる度に自分がどこにいるか忘れるわけだ。それを日射しで、自分がどこにいるか感じるわけだ。ポルトガルかなと思うと京都だったりな。ほんとに行きっぱなし。そんな生活をしているんだけども、朝起きるわけだ。今日は何が起きるだろうかと。こういう人生をやるひとがどれくらい出てくるかが、これからの日本の君たちの世代、次の世代へのメッセージなんだ。たいした人生じゃないんだから、ガンガンやるんだよ。

ぼくは福岡で400〜500平米のデイケアセンター、介護会社の社長でもあるんだけども、そこに上海の人材派遣会社が来たよ。「私たちの派遣する女性はいま雇っている人の3分の1の給料でいいです。」そりゃそうだよな今1対10だ。仮にいま時給900円とすると、300円で来ちゃう労働力なら、いくらでもこれから入ってくるということだ。君たちが時給800円とかで働けている職場は早晩奪われる。例えば彼女らの働き方というのは、日本語分からなくてもいいですねって。どうせ寝たきりでオムツ換えるだけですからって。すごいですね。そういうのは全部入れ替わっちゃう。EPSONもそうだけど、ぼくの会社は労働契約は一年更改なんだ。だから一年間に一回再契約、再サインをお互いにしない限り結果的にはお互いクビなわけだ。どっちが優位な関係じゃなくて。とういう感じで毎年一回契約形式。今年の年初の挨拶は「今年も会えて良かったですね。来年はあると思うな俺の会社」と。わかりゃしないって、ゼロからどうせ始めたんだから。継続は力なりってウソだって。意味のない組織は無くなってしまった方がいいの。ていうようにしていると気が楽じゃないか。これからそういう契約が君らの世代ではほとんどです。普通に入ったところ、金融とか行政もどんどん給与を順調にダウンさせている。10%づつくらい毎年みんなカットされているんじゃないか。ほんと偉いと思う。そういう誰も行かないところをちゃんと救いに行く勇士の姿を感じるよな。

行政も、銀行も、大学も、これからすごく変わると思う。ぼくの居たところ、銀行はツブシのきかない3業種。銀行員、行政マン、大学の先生。その中にいるとそれなりのことを言う。でも外に出たらほとんど役に立たない。そういう業種に行く人はホントに気をつけた方がいい。内部論理で動くからだろうな。組織がかっちりしていて、かつて権威があったところ。これはみんな勘違いする。自分にも権威があるんじゃないかと。これから格差の時代で、給料が1000万くらいの人はどっちかになる。300万か、3000万以上。行政で話すとき、こう言うんだ。「いいですね。知事でも無能な知事なら300万円、行政スタッフでも有能なら3000万円以上とらなきゃ」って。日本には3000万以上は27万人いる。ところがそこの知事が運悪く無能だったんだな。えらく怒られてサ…。
銀行員もそう、頭取よりも高い給料をとるディーラーとか生まれている。大学の先生でそれだけとる人は日本の大学にはいない。海外にいっちゃう。そういう意味で、クリエイティビティによる競争が行われている。
「共生の大地」(岩波新書)で内橋克人さんに取材を受けたときに、「これから利潤競争に替わる競争は何になると思いますか?」、その場で聞かれて考えたのが「クリエイティビティによる激しい競争が起きる。利潤追求による競争よりも、さらに格差が広がるだろう。」と言ったわけ。「片岡さん、10番目に取材したのですが、1番目に扱わさせていただきます。」って。骨太な方向性というのはそういうこと。

ジョン・スチュアート・ミルという俺の好きなおっさんがいる。このおっさんはまさにそれを言っている。要するに社会の未来はどうなるかということ。「資本家と労働契約を結んだ人の中で、有能な人は自らのクリエイティビリティで自ら事業を始めるだろう。無能な人が労働契約を結んで働き続けるだろう。結果としてクリエイティブなほうが勝つに決まっているので、その人たちが社会の中心メンバーになるだろう。そのとき自立心をもったその人たちが新しい市民社会をつくるに違いない。」ということを言っているわけだな。僕はこうなると思うんだ。こういう民主主義をつくらない限り日本社会は活力は生まれない。アメリカのあの活力のある理由は、あの民主主義なんだ。いまブッシュだから、理由があってアメリカへ行けなくなった。2ヶ月前に2時間調査、上半身裸にされて。グアテマラからメキシコ航空で行ったもんだから、メキシコ人のなかに入っていたもんだから、メキシコ人自体が疑われるのに、そんななかに一人だけいる日本人って怪しいわけだ。僕は日本の円を信用してないから、世界の方々の国に貯金している。その貯金残高のメモが出てきたわけだ。「おまえはアルカイダに金を配っているだろう」と。参った。あんまりしつこく1時間くらい調べられたところで喉が乾いてしまって、カバンからビールを出して飲んじゃったんだな。(略)怒りだしてさぁ。最後は7人で取り調べ…。

2時間以上取り調べ受けて、出てきたらメキシコ人から拍手だよ。英雄だったね。それで今度メキシコと連帯することにして、テキーラを輸入した。FTA(Free Trade Agreement)のあとの、メキシコの学生たちともやり始めて、メキシコの学生もビジネスやりたいって言うから、そういうのを君たちにつなげていきたいわけ。アメリカとかヨーロッパとかじゃなくて、途上国の元気な連中と競ってほしいわけ。僕はあと1〜2年で軸足をアジアに移す。アジアに「松下村塾」を作りたいと思っている。吉田松陰が開いた私塾、そこから高杉晋作、久坂玄瑞、出来の悪いので伊藤博文が出たんだな。

これからみなさんも、自分をなるべく激しい、厳しい競争にさらしていく、どんどん自分から求めていかないと、日本が最も世界で競争力のない若者たち。僕は経済が再生するとか、財産を残しちゃいけないと言っている。もっともっと苦しい思いをさせないと。
僕は海外に出るときに予防注射はしたことがない。イエローカードは100ドルくらいで買うわけだ。病原菌の多いところへ行ったら、同じ条件で旅行しなきゃフェアじゃないだろ。そのとき相当の日本人は死ぬわ。どっちにしろ病原菌が日本に入ってきたら死ぬ。強い奴をつくっておくことが大事なんだよ。そういうふうにして世界でいろんなことを競っていく、自分を競争にさらすということが大事なんだ。

僕は世界84ヶ国を回ることで、例えば「市民バンク」利潤のためではなくて環境だとか、社会に役に立つ、そういう金融機能があることを知るわけだ。こういうアイデアのほとんどが海外。要するに違うことを見ないとアイデアとか知恵は生まれない。違う体験をしないと、同じキャンパスに毎日毎日通ってきて、同じ先生の講義を聴いててもダメ。違うものに触発されなければいけない。それもいまの現状とうーんとギャップがあるほうがいい。というなかからいろんな知恵がうかんでくる。

私はこれから世界に、日本の新しいコミュニティビジネスをつくる拠点をたくさん運営していって、時々、呼ばれたら日本に帰ってくるという生活をやってみたいなと思っています。だから大学闘争以来ずっと熱いオヤジをやっているんだけども、35年間ずっと同じことを言い続けている。「社会を変えるんだ」と。だけど僕の変え方が普通の人と違ってつぶされ無かったのには理由がある。壊すだけの革命論者はずっと信じられない。革命して壊してしまえば終わりというのはどうしてもわからなかった。僕の場合は壊すには壊すけれども、必ずオルタナティブでつくり続ける。それがたぶん生き残り続けてきたし、最初に先行的にやると必ず時代が追っかけてくる。時代が追っかけてきたとき大事なのはそのマーケットから自分から引くことなんだ。そこに乗ると、自分のやりたいことというのが飲み込まれていく。社会の飲み込むエネルギーというのはスゴイ。だから、ビジネスが売れ出したら、離れなきゃだめ。自分の言っていることをみんなが言い出す。通産省でもいう。そうするとその事業はもう止めるわけ。もう次を探すわけだ。もう他がやりだした。自治体までやり出した。もう方向転換。惰性で流しているだけ。9割のエネルギーは他のところに新しいところに。

昨日も夜遅くまで5人の若いインターンと、ひとりはツッパリ、一人は引きこもり、あと大学生とプータロー。バランスがいいだろう。遅くまで議論して、新しいことやろうと。コミュニティをベースにしたコミュニティバスだとかコミュニティカレッジとかコミュニティファンドとか、コミュニティビジネスとか、コミュニティをベースにして他のところがやっていないことをやろうと。そういう話を昨日熱くして、それを君らがやるんだと、俺がやるんじゃない。投資はするし、支援はするという話をして、君たちの世代がメッセージというふうにいえば、、、俺は言っているだけで居なくなるから、もう今書いている本のタイトルが「団塊仲間よ荒野をめざせ」。要するに団塊のおっさんが邪魔なんだよな。マスコミでも行政でも、、このおっさんたちが居なくなればどれだけみんな喜ぶか。みんな早くイラクへ行って、荒野をめざして、ボーンと、、いう本を書いているんだけどな。そういうふうにして居なくなるから、あとは君らががんばるんだよ。
あとは彼女たちに個別に質問があったら、若い人同士ディスカッションしてください。
片岡さんの話ここまで。あとは
豊中インキュベーション・センターMOMO 山根さん
島根県立大学1年 三原さん
記録:西村仁志

投稿者 Nishimura : 11:59 PM