January 31, 2005

観劇のご招待 <空席状況>

democracy.jpg

きたふぃが最もカッコいいと思う役者・市村正親(さま)が出演する「デモクラシー」、
実話に基くなんとも我らにピッタリなお話、学年末にいかがでしょう?
☆☆☆ 空席情報を照会いたします、ご参考下さい ☆☆☆

公演は3月12日(土)、13日(日)いずれも昼、びわ湖ホール中ホール。
2月5日時点では13日の空席は・・・
S席は20%ほど、A席は40%ほどのようです。やはり市村様ファンが集まっているらしいです。
きたふぃ確保の1N列のすぐうしろ、1O列は空いていますね。
ちなみに4月8日-10日のシアタードラマシティでの公演はすでに8日以外残りわずかなようです


☆あらすじ☆
1969年10月、西ドイツにブラント首相が誕生した。首相室スタッフの一人に抜擢されたギョームは、懸命に仕事を覚え、ブラントの側近として認められるようになる。
だが、彼は東ドイツのスパイだった。ブラント内閣の情報は、逐一東側に報告されていた。カリスマ的魅力で人気を誇るブラント首相だったが、党内外の反発はもちろん、うつ病や女性関係など、さまざまな問題を抱えていた。
一方、ブラント内閣は"G"の頭文字を持つスパイが潜入しているという情報を得て、極秘調査を始める。ギョームへの疑惑が高まる中、ブラントはギョームに家族ぐるみで一緒に休暇を過ごすことを提案する…。 (びわ湖ホールWebより)

詳しくは下記をご参照下さい。
滋賀公演
e+特集ページ

きたふぃ的には2004年1月の「リチャードⅢ世」以来の市村様♪

投稿者 : 02:36 AM | コメント (7)

January 30, 2005

期末レポート格闘中

ゼミ生はただいま「公共性論」「演習」(2月2日締切)その他履修科目の期末レポートと格闘中です。

投稿者 Nishimura : 10:10 PM | コメント (2)

伊藤春佳

haruka.jpg

☆自己紹介 伊藤春佳(Ito Haruka)☆
1981年生まれ水瓶座A型。同志社大学法学部政治学科卒。市民参加について研究しています。「どうしたら政治への関心は高まるのかな〜」なんてことをぼんやりと考えてます。大学院に入学してからは、きょうとNPOセンターでのインターンシップ&NPO政策研究所でのインターンシップでなんだか忙しい日々を送っています。
趣味:歌うこと、おいしいものを食べること
好物:ふろふき大根、新鮮な魚介類(最近ヒカリモノのお刺身が好き)
特徴:小さい。身長150センチ。イコカ(JRのキャラクター)に似ているらしい。
    「校舎がレンガ建てだから」というだけの理由で同志社大学進学を決めた過去あり。結構単純。
  

January 26, 2005

Go-to-Meeting

以前、Skypeという電話ソフトのご紹介をしたことがありますが、別のメーリングリストを通じて、私の若い友人から Gotomeetingというパソコン共有ソフトの紹介がありました。
相互のパソコンをオンラインで共有して、相手のPC上のデータ、具体的にはワード、エクセル、パワーポイント等の画面を自分のPCで閲覧したり操作したりできるもののようです。ただし、これは有料ソフトで、年間割引しても月39ドルとかなり値段が張るようです。
しかしながら、Skypeで会話をしながら、同時にビジュアル・データを相互閲覧・利用できれば、実質的な会議がオンラインでつながっている限り、世界のどこにいても可能なわけで、出張費や交通費の大幅な節減につながる可能性がありますね。ただ、いまのところ、MACに対応していないそうです。(西村さん、すみません。)
 以下のサイトをご参照下さい。
  http://www.gotomeeting.com/

投稿者 Imasato : 09:13 AM | コメント (2)

January 25, 2005

"The Third Way"♯1

昨日は予習不足の拙読にお付き合いいただき申し訳ありませんでした(_ _)゛
ノート風にごくごく一部のピックアップと、参照引用ばっかりのコメントを掲載しております。
ご高覧ください。

原書P3-8
第一章「社会主義の終焉(死)」


・P3.L9- Socialisimの起源
フランス革命=自由・個人主義革命に対する反動として。
(自由主義が資本主義と重なるように)社会主義が反資本主義の思想となっていくのはまだ先。
・P3.L10- Before it took〜,communisim overlapped〜なので、
前半より後半が古いことになります従って、
「共産主義≒社会主義では社会や共同体が個人に対し優位にある」のは
「ソ連邦の登場により独特の意味を持つ」以前のこと、ですね。
(大過去になっていてもいいような…)

・P3.L22-
マルクスの(精緻な経済)理論を基礎にすえた社会主義は資本主義の限界
(経済的な非効率性,階層化の推進,長期的には再起不能に陥る)に挑もうとする
⇒資本主義を人間的にする
・けれど東側の計画経済体制の実践は破綻した(P4.L28)
さらに西側の社会民主主義も70年代には理論の不備を露にした(P5.L4-)
⇒情報装置としての市場の重要性の認識不足、資本主義の過小評価などが原因

・P5.L8- 70年代中盤以降、サッチャーとレーガンの台頭
⇒新自由主義(free market philosophies=自由市場主義/訳書では「自由市場万能思想」)
の挑戦
・(さらにこれら右派政権に対し)80年代以降
social democratsも古典的な社会民主主義の古い立脚点を脱しようとし始めている。
けれど「残りかす」はまだどこの国にも残っている(P6.L9-/P8.L5)

だから、 the old left ⇔ the new right いずれとも異なる「第三の道」へ(ということか)


▼私見
そもそもの社会主義/マルクス主義という語に正直リアリティがないので…
秘密兵器、講談社『哲学の木』を参照すると、
「資本」とは…
「自己増殖を目的として使用される。過去の蓄積がそれ自体のさらなる蓄積のために
用いられるとき、それは資本となる」(ウォーラーステイン)もので、
ここに「生産過程に組みこまれた労働力という特殊な商品が剰余価値を生み出す」という
「価値増殖の運動にかかわる社会関係」を織り込んだのがマルクスの資本概念ということだそうです。
(内田隆三「資本」,西部忠「マルクス主義」)

資本が本質的に自己増殖を使命とするものなら、なるほど市場は無限に拡大し続けるし、
資源は無尽蔵に必要ということになるわけですね。だから資本をコントロールしようとする
国家はネオリベラルであれ社会民主主義であれ第一段階では単線的な近代化を意識し、
環境保全に無関心になるのでしょう。

一方で、資本主義は資本の蓄積による不平等を生み出してしまう。世界中に自由=資本主義をばら撒けば
世界中が一体化して階級対立や富の不均衡に組み込まれてしまう(「世界資本主義」)。
そこに「社会主義の登場せざるをえない根拠」(ギデンズのいう「資本主義の限界への挑戦」があるそうです。
(米谷匡史「社会主義」)

ということはやはり原書でも議論の対象となるのはマルクス以後の、対資本主義としての社会主義だと思われます。
現実に計画経済体制が崩壊して20年。ボク自身物心ついたころにはペレストロイカが進行していましたから、
すでに世界資本主義は相当ひろまりライバルの社会主義は完全消滅したといえるでしょう。
ところが自由=資本主義といってもその中身も「新」がつくように変質してしまった。
社会民主主義は相手が変わったからこっちも変化するという関係で台頭するようになったようです。
原著P7の比較が「旧」左派と「新」右派を比べていることも、このあと「新」左派がでてくるんですよと暗示しているのでしょう。
それにしても本是同根とはよくいったもので、資本のコントロールを目指すという共通性のためか
国際主義や環境保全には楽観的な様子が(記述や比較の表からは)読み取れる気がします。


きたむら

参考 『事典 哲学の木』講談社,2002

投稿者 : 04:10 AM | コメント (1)

January 23, 2005

ケータイからこのBlogへのアクセス

ケータイからこのBlogが閲覧できるように「MT4i」という仕掛けをつけました。
コメントをつけることもできますが、エントリーの投稿はできません。
以下のURLからアクセスしてください。
http://imasato.sakura.ne.jp/mt31/cgi-bin/mt4i.cgi

QRコードもつけておきます。
5ac672b39d838de1727eaa5623cc0558.jpg

「MT4i」はこちら
banner_mt4i_jun_matsuo_01.gif

投稿者 Nishimura : 11:14 AM

January 22, 2005

博士論文公聴会のタイムキーパー

 1月22日A.M.9:30から、総合政策科学研究科博士後期課程生の博士論文公聴会があり、小田切くん、北村くん、私の3人がタイムキーパーを勤めました。

 トップバッターの発表者は、68歳の高野晃一さん。そのご準備のための勉強量には頭が下がりました。
 2番目の発表者は、公認会計士の前野芳子さん。15人のスタッフを抱えた会計事務所の所長を勤めながら、後期課程7年目で論文を仕上げられたとのこと。論理的でパワフルな発表には圧倒されました。
 最後の発表者は、短期大学助教授の田中雅子さん。流石に現場で教鞭を執られているだけに纏まった発表ぶりでした。後期課程5年目で論文を仕上げられたとのこと。最後に流された涙には感動しました。
 総合政策科学研究科には、すごい人たちがいらっしゃったので驚いています。シルバーパワーとフィーメールDNAに元気付けられた一日でした。

投稿者 Honda : 08:17 PM | コメント (0)

January 21, 2005

芸術家と子どもたち

先日の調査研究プロジェクトでお話したアートNPOの詳細についてお知らせします。
なおNPO法人の名称等に間違いがありましたので、メモをお取りいただいた方は
お手数ですが訂正願います _(_ _)゛→

紹介したのは
「特定非営利活動法人 芸術家と子どもたち」(略称ASIAS=エイジアス,東京都)です。
トヨタ自動車の「トヨタ・子どもとアーティストの出会い」プロジェクトの中心組織となっており、
活動を全国に展開しています。
小中学校の総合学習の時間にも多くの学習機会を提供しているんだけど、削減されちゃぁねぇ。

朝日新聞等の記事にも多く掲載されています。
学内からは記事検索もできますので、キーワードに「芸術家と子どもたち」と入力し、
参照してみてください。

kitafee

投稿者 : 11:19 AM | コメント (0)

January 20, 2005

大阪YWCA公開講座

大阪YWCAで23日に今里先生による公開講座があります。

詳細WEB→http://osaka.ywca.or.jp/college/course/degra0501.html

大阪YWCA専門学校・国際関係開発学科
CB(コミュニティビジネス)
〜具体的事例から「公益性」を考える〜
*キーワードは…NPO、コミュニティ・ビジネス、社会起業、市民社会*

今、コミュニティビジネスが「流行って」います。
コミュニティビジネスとは?
様々な社会的公益事業のアイデアをビジネス(事業)として展開していくには、
どのような視点や考え方が必要なのでしょうか?

まちづくりNPOの仕掛け人でもあり、
「市民社会における公益事業」、「社会的起業」の研究者&実践者でもある、
今里滋氏と一緒にコミュニティビジネスの具体的事例から学んでみませんか?

講師:今里滋(いまざとしげる)
     (同志社大学大学院総合政策科学研究科教授)

日 時:2005年1月23日(日) 14:00-16:00

受講料:1,050円/840円(YWCA会員)

定 員:20人
会 場:大阪YWCA (梅田から東へ徒歩10分)
主催:大阪YWCA専門学校 国際関係開発学科

〇申し込み・問い合わせ先〇
大阪YWCA専門学校
国際関係開発学科(担当 山本)
〒530-0026 大阪市北区神山町11−12
TEL.06−6361−2955 FAX.06−6361−2997
e-mail:degra@osaka.ywca.or.jp

投稿者 Nishimura : 11:21 AM | コメント (0)

January 19, 2005

読書会『The Third Way』(続)

本日1回目でした。
今後の予定を確認して、序章を輪読して終わりました。

1月24日(月)17時〜19時
1月26日(水)13時〜15時
2月14日(月)17時〜19時  **この後「今里ゼミM1打ち上げ飲み会」やります。
2月21日(月)13時〜15時
3月11日(月)13時〜15時

進め方ですが、一人1節づつ順番に担当します。(割り当て順はMLで確認ください。)
・音読+逐語訳
・その後、担当部分の要約をブログにアップ
 ということで、ペーパーを配布する必要はありません。

今里先生から、背景を理解をするための参考文献として以下の2冊が紹介されています。
「ブレアのイギリス—福祉のニューディールと新産業主義」PHP新書, 舟場 正富著
「イギリスの政治 日本の政治」ちくま新書, 山口 二郎著

投稿者 Nishimura : 08:22 PM | コメント (1)

ハーバーマスとコミュニケーション的行為

 「よく秩序だった社会」の根本規範なるものを机上で構想するなどということを私はしない。日常のコミュニケーション実践を通して社会化された個人が、理解を志向するために日常語を使用するということはおよそ避け難いことだという前提のもとで、現実の状況を再構成してみるということが恐らく私の関心だと言えよう(J.ハーバーマス『未来としての過去』)。
 これは、フランクフルト学派の第2世代として人間開放のための批判理論を継承し、やがて「コミュニケーション的行為の理論」を構築するにいたったハーバーマスが、自らの社会理論の課題について語った言葉である。
 日常生活を営む個人は、いかにして、現代社会のさまざまな問題のなかで、自分は誰であり誰でありたいのかという問いを発し、何が皆にとってよいことであるのかを知ろうとするのか。この問いの構造を解き明かすこと、これこそが、広い学問領域を視野に収めながら抽象度の高い理論を展開するハーバーマスの、そして彼のコミュニケーション行為の理論の主眼であった。(那須壽編『クロニクル社会学』)。

投稿者 Honda : 12:00 PM | コメント (2)

読書会『The Third Way』

1月19日(水)、ギデンズ 『The Third Way』 の初回読み合わせを行います。

水曜日の2時限の「調査研究プロジェクト」の後、お昼を挟んで、
14:00から博遠館320号室にて実施されます。
今後の割り振り等もありますので、原書がまだ手元にない方も振るってご参加下さい。
お忙しい中、今里先生もご参加いただけるとのことです! 大感謝!

投稿者 : 01:26 AM | コメント (0)

January 18, 2005

Q.共同体⇔公共???

今里先生、「公共性論」ありがとうございました。
最後の拍手は受講者一人ひとりの実感だと思います。
さて、最後に聞きそびれたことがありますので、この場で質問させていただきます。

疑問点は術語的な問題なのですが、「公共体」は成り立ちうるのでしょうか?
アーレントの共同性⇔公共性=同質性⇔異質性という定式から考えると、言葉としては
共同体に対する「公共体」があるように思えるのですが・・・。

 ひとつは、「〜〜体」として構成することにより同質性が生じ、語義に矛盾が生じてしまうというのは
考えられます。またそれを避けるために公共「圏」というなら、そのような「圏」は境界をもつことができるのでしょうか?
ハーバーマスのいう半透性の(=出入り自由な)境界というなら、それはそれで異質性/同質性の程度問題になってしまうような気もします。
 ちなみに、ジャパンナレッジでは「公共体」という見出し語は存在しないようですね。
また齋藤純一さんの『公共性』にもそのような語は使われてないようです。
講談社『事典 哲学の木』は「共同幻想」「共同性と公共性」という項を設けていますがもちろんコイツはありません。
 講義終了早々申し訳ありませんが、愚問にお付き合いください。

きたむら

投稿者 : 09:31 AM | コメント (0)

January 17, 2005

今年度最終ゼミ

shugou.jpg

今年度最後のゼミでした。
大橋さんの素晴らしい発表「日本のアニメーション業界を斬る!」(テーマなんでしたっけ?)でした。
終了後の集合写真です。

投稿者 Nishimura : 11:33 AM | コメント (1)

Anyway

元総務庁事務次官で、現在は中央大学総合政策学部教授の増島俊之さんからいただいた年賀状に「Anyway」と題する詩が記してありました。NPOやボランティア活動でがんばる人々への応援歌のような印象を与えてくれる内容と思いましたので、ご紹介したいと思います。

【以下、年賀状の文章】
新年明けましておめでとうございます。昨年九月に南カリフォルニア大学のジェラルド・ケイデン教授を
訪ねました。その研究室の扉に一つの詩が掲げられていました。「それでも(Anyway)」と題するものです。

人々は、道理をわきまえないし、つじつまの合わないことを言うし、自分のことぱかり考える。それでも
人々を愛しなさい。
あなたが良いことをしても、人々はあなたのことを腹に一物あるからと言う。それでも良いことをしなさい。
あなたが出世すると、あなたには見せかけの友と本物の敵ができる。それでも出世しなさい。
あなたが今日する良いことは、明日には忘れられるだろう。それでも良いことをしなさい。
正直で率直だと、あなたはすぐに傷つくことになる。それでも正直で率直でありなさい。
人々は敗者をひいきにするが、勝利者に付き従う。それでも敗者のために戦いなさい。
あなたが歳月かけて築き上げたものも一晩で壊されることもある。それでも築き上げなさい。
人々が実際助けを必要としているのに、あなたが助けるとなると、あなたを非難することがある。それでも人々を助けなさい。
あなたが持っている最善のものをこの世に捧げると、ひどい目に遭うこともある。それでもあなたの最善のものをこの世に捧げなさい。
(ケント・キーツ作、増島俊之訳〕

投稿者 Imasato : 01:38 AM | コメント (4)

January 16, 2005

京都パック♯03

不定期発行京都パックです。なんと飽き性が3回目まで来た。
このメールはつなぐNPOのMLにて配信されています。

≪===京都パック2005.01.15号===≫


▽福のり子先生の講義に飛び入って来ました

1月8日に京都造形芸術大学で行われた福のり子京都造形芸大教授の
鑑賞教育演習に飛び入って来ました。+relaxの越野さんにご紹介を
いただいたのですが、おもしろかったぁ。
対話型の鑑賞法VTCを芸術表現・アートプロデュース学科(ASP)の学生さん
(ほとんどが1回生)が実践するというもの。VTCについては山本さんや
福岡校の中村さんはじめ皆さんのほうがお詳しいでしょうから解説は省略。
なんとも、つたなさの中にも(ごめんなさい)純粋さと懸命さがひしひしと
伝わってきました(ほんとに)。

福先生、ASPの皆さん、お疲れさまでした。
この場をお借りして再度お礼申し上げます。
京都造形芸術大学ASPはこちら→ http://www.asp-k.com/


*
▼そこで思ったこと。

「なぁなぁ、マチス行った?」

おそらく皆さんにはこの文意が通じるでしょう。
なぜ通じるのか。それは私たちが「展覧会に行く」タイプだからです。
VTCのデモで鑑賞者役となった人もそのタイプ。
「はい、まずはこの作品をしばらくご覧ください」と言われて
すんなり見向きするタイプなわけです。

世の中、私たちのほうが珍しい?

「はい、まずはこの作品をしばらくご覧ください」と言われても
見向きもしないタイプの人も少なくないでしょう。
子供たちはその典型。なにか"きっかけ"がないと興味を示すはずがない。
ボクは幸い、ちょっと変わったコだったおかげでそのきっかけを
自らつかむことができました。

でも世の中、私たちのほうが珍しい。

VTCが演出する対話空間はすばらしい。それに作品は観られてなんぼ。
美術は音楽のように勝手に耳に吹き込むことができません。
たくさん招き入れるか、あるいは、こちらから出て行くか。
その時、「私たち」自身が美術館ラブ共同体を解体することが
必要となるでしょう。

予定調和の鑑賞教育は平均点。
対話空間そのものをもゆるがすような芸術との付き合い方。
ぶっちゃけライバルは演劇。
年の初めの高い目標にはこのあたりを掲げてみては、いかがでしょう?


*
▽展覧会独占の年初め(!?)

2005年の展覧会初め、京都市美術館の所蔵品コレクション展「連続と反復」にて。
時は金曜正午前。同時開催で日展があり来館者は多い。
なのに。
周回型4フロアの全てで誰とも会わなかった!!
観賞者ボク1人、監視員3人( ̄▽ ̄;)
新年早々一抹の不安を感じた展覧会初めでした…。
とはいえ月末からはフィレンツェ展、混雑するんやろなー


本日はこんなところで。
駄文にお付き合いいただきありがとうございました。

北村英之
dbe0114@mail3.doshisha.ac.jp

投稿者 : 04:39 AM | コメント (0)

January 15, 2005

安彦 賢哉

abiko.jpg

自己紹介  安彦 賢哉(あびこ けんや)
1980年生まれ。名前の「安彦」はかなりの頻度で読み間違えられます。
肝心の学業ですが、研究テーマは行政・市民間の協働(パートナーシップ)です。
周りの皆さんのレベルが高いので負けないようにするのがかなり大変です。
趣味は読書で政治学や西洋史に関するものをよく読みます。
最近は塩野七生著『最後の努力 ローマ人の物語ⅩⅢ』を愛読しています。

投稿者 Melody : 11:59 PM | トラックバック

January 12, 2005

共同研究室

room403.jpg room403-2.jpg

院生は共同研究室を使うことができます。机と書棚2段分。インターネット接続環境。空調(これ大事!)。ノートPCを研究科事務室で借りることもできます。
部屋によっては歴代の院生がもちこんでいる湯沸かしポットや冷蔵庫、電子レンジなどもあったりします。
写真は博遠館の403研究室です。モデルはkitafeeくん。

投稿者 Nishimura : 11:39 AM | コメント (3)

January 09, 2005

『ほんまに京都人だけが知っている』

honmani.jpg

今日−−正確には、昨日−−読んだ本の中で、おもしろかったのは、入江敦彦『ほんまに京都人だけが知っている』(洋泉社、2004年)。京都通の著者のこのシリーズでは3冊目ということですが、107〜108頁にかけて、同志社大学のことが出てきます。とくに、創立者新島先生の言葉「独自一己」−−要するに「世界に一つだけの花」ということか−−が引用されていて、「異形のオンリーワンたちが群れをなして割拠する。京都はそういう街であってほしい。」と続きます。私もむべなるかなと思いますね。

投稿者 Imasato : 11:40 AM | コメント (1)

January 08, 2005

「公私混同」の時代

九州大学時代に、西日本新聞に『潮流を読む』というコラムを書いていたことがありました。
昔のもので恐縮ですが、PCから引っ張り出してアップしてみます。ご笑読いただければ、幸いです。これは、私が地元の消防団員をしていた頃に書いたものです。

 これぞうららかな春の日という去る4月6日(土)の昼下がりこと。拙宅からほんの30㍍ほどの民家から出火し、たちまち燃え上がった。隣は私の行き付け酒屋だ。地元の東消防団筥松分団の不肖の団員である私も消防団の法被を羽織って現場に駆けつけた。すると、眼前にはもうもうと吹出す煙に燃え盛る炎。しかし、すでに放水は始まっていた。わが筥松分団の面々とポンプ車が現場にいち早く急行し最接近して炎と格闘していたからだ。だが、火勢は強まり、大事な酒屋に延焼しようとする。消防隊は裏手のJR鹿児島本線に回り、列車を止めて、必死に放水する。仕事を放り出して集まった筥松分団員たちは炎も煙もものかは最前線に立って、投石でガラスを割り、火の根元を止めようとする。やっと鎮火した。延焼も食い止めた。皆の顔に安堵と達成感の笑みが広がる。
 筥松分団の全員は消防組織法第15条の6にいう「非常勤の消防団員」である。つまり、彼らは本業を持ちながら地域の消防活動に参加するボランティアにほかならない。そのボランティアにすぎない彼らがプロの消防職員に伍してなぜ危険を冒し果敢に猛火に立ち向かうのか。真冬の深夜の消火活動はもっと厳しく辛いのに。報酬のためか、スリルを味わうためか。否。報酬などないに等しく、40代のオヤジにスリルは無縁だ。答えは「地域を守りたい、よくしたい、人の役に立ちたい」という純な心。もちろん、ふだんの彼らはそんなことは口の端にも出さない。酔いがかなり回ったとき、わずかの言葉と少し潤んだ目がそう語るだけだ。
 私たちの社会には他人の不快と不幸を歓ぶ人々と他人の快適と幸福を歓ぶ人々が存在する。暴走族は前者の代表だろう。一方、阪神大震災に馳せ参じた数多くのボランティアは後者の典型である。両者の正確な割合は分からない。だが、社会の成熟化・高齢化とともに後者の生き方を生きがいとする人々は確実に増えてきている。しかも、そうした人々の自発的活動は人権、地域づくり、福祉、医療、防災、環境保全、国際支援等々の従来行政の守備範囲と考えられていた領域にどんどん広がっている。公的機能が民間非営利活動によって補完され代替される「公私混同」時代の潮流が動き出したのだ。
 この潮流は「福祉国家と小さな政府」を共存させる可能性を宿している。福岡市東区箱崎商店街は再活性化を目指す『リフレッシュ計画書』の中で「やさしさを届ける商店街構想」を打ち出した。お年寄りや障害のある方々はちょっとした気候や体調の変化で買い物に来れなくなる。そこで、電話やファックスでの注文を受けて代わりに買い物をして自宅まで届け、安否や体調の確認と配慮までしようというのだ。商店街全体がボランティア化することで商業活動と福祉機能を結合しようとする注目すべき提案といえる。このように公共サービスの種類によっては、行政が一手に引き受けるよりも、民間の専門団体に任せた方がより経済的、生産的、人間的な場合も多い。アメリカでは非営利セクター(NPO)はGNPの7%、全雇用の11%の規模を持っているといわれる。逆にみれば、政府はそれだけ小さくて済んでいるのである。
 連帯と相互扶助を旨とするNPOの活動は、歴史的資産や環境の保全・向上、社会的弱者の保護やケアといった人間的で行き届いたサービスの提供に向いている。これは競争と利潤追求を旨とし職場中心社会を形成してきた日本的資本主義社会がもっとも不得手とするところであろう。行政資源が減少する21世紀の高齢・成熟社会では、NPOが社会的に重要な役割を果たさざるをえないのである。
 ところが、わが国の諸制度はNPOを支援し育成するにはおよそ不向きである。民法34条は「主務官庁ノ許可ヲ得テ」と法人化の判断を行政の裁量に委ねているし、現に役所の管轄を超えるような多目的型の法人はめったに許可されない。また、法人でないNPOに寄附をしても控除の対象とはならないし、NPOは収益事業を行うこともできない。つまり、嘆かわしいことに、地域住民の自主的・非営利的・公益的な活動が社会にもたらす有益なパワーとエネルギーを活用するようにはまったくなっていないし、官僚主導でそれが是正されることは決してないのである。
 今国会に与党三党と新進党は各々市民公益活動を促進する法案を議員立法として提案しようとしている。その成否は日本にNPOが根付くかどうかの鍵となるはずである。蛮触の争いに堕することなく、“立法府”としての威信をかけて是非とも成案に漕ぎ着けてほしいものである。
【了】

投稿者 Imasato : 11:41 AM | コメント (1)

『東京原発』

正月といっても、まずは1000通近い年賀状の整理−−住所録データベースの更新と出してないのにくれた方への年賀状の作成−−というきわめて事務的な作業に追われます。一年でいちばん楽しいはずの三が日が陰鬱で眠たくて仕方ない作業に終始するのにはうんざりして、「年賀状という習慣を廃止してくれ!」と叫びたくなりますね。
そのような中、近くのGEOで借りておもしろかったのが『東京原発』という映画。役所広司扮する東京都知事が東京に原発を誘致しようとするが、再処理核燃料がテロリストに奪われて・・・という物語。実際に都庁の庁疑室を借りて撮影した意思決定の模様は、日本の政府間関係や意思決定の特質をおもしろおかしく描いて秀逸です。また、原子力政策の問題点も深く研究してあって、総合政策科学研究科の院生はもちろん、公務員志望者は必見でしょうね。しかし、全然堅苦しい映画ではなく、全篇で笑えます。ベテラン俳優たちのしぶい演技も秀逸です。

投稿者 Imasato : 01:59 AM | コメント (1)