今里先生、「公共性論」ありがとうございました。
最後の拍手は受講者一人ひとりの実感だと思います。
さて、最後に聞きそびれたことがありますので、この場で質問させていただきます。
疑問点は術語的な問題なのですが、「公共体」は成り立ちうるのでしょうか?
アーレントの共同性⇔公共性=同質性⇔異質性という定式から考えると、言葉としては
共同体に対する「公共体」があるように思えるのですが・・・。
ひとつは、「〜〜体」として構成することにより同質性が生じ、語義に矛盾が生じてしまうというのは
考えられます。またそれを避けるために公共「圏」というなら、そのような「圏」は境界をもつことができるのでしょうか?
ハーバーマスのいう半透性の(=出入り自由な)境界というなら、それはそれで異質性/同質性の程度問題になってしまうような気もします。
ちなみに、ジャパンナレッジでは「公共体」という見出し語は存在しないようですね。
また齋藤純一さんの『公共性』にもそのような語は使われてないようです。
講談社『事典 哲学の木』は「共同幻想」「共同性と公共性」という項を設けていますがもちろんコイツはありません。
講義終了早々申し訳ありませんが、愚問にお付き合いください。
きたむら
投稿者 : January 18, 2005 09:31 AM