February 16, 2005

京都パック♯04

不定期発行京都パックです。少し空いて4回目。
今回は鑑賞者の客層のおはなしです。
このメールはつなぐNPOのMLにて配信されています。

≪===京都パック2005.02.16号===≫

▼「共鳴 −どこ、から?」

さる2月11日に金沢21世紀美術館に行ってきました(日帰り強行)。
降雪あとの快晴で、白銀にガラス建築が映えていました。

祝日で来館者も大入り。
家族連れ、しかも3世代組が多いことには驚きました。
ボクとしてもあれほど子ども達の歓声が響く美術館は初めて。
シニア世代もキッズも偏りなく訪れる美術館、
それはひとつの理想型に近づいたものといえるでしょう。
(ただ、手すりの少ないのは気になりました。それほど単独来館を想定外としているのでしょうか)

でもあえて高望み。“共鳴”ってどこからくるのでしょう。


*
▽ それでも消えない“他人”のまなざし

作品の前で前後の観賞者に気を使う、というか、
お互いの視線や動きが気になってなるべく“他人”であろうとするってこと、ないですか?
展覧会に入ってから出るまでほぼ同じペースでずっと付きまとう“まなざし”。
いっそ声でも掛けたくなる他人同士の気まずさ。
現代美術の“対話力”はそれを解消してくれると思うのになぁ。

“共鳴”が人⇔作品だけでなく、人⇔人のものであってほしい。
それも家族とか、恋人とか既成の関係ではなく他人同士をつなぐようなもので。
金沢21世紀美術館は(従来意識さえされなかった)そうした新しい課題に
目を向けた点で大きいと思います。でも、
“出会い”を標榜するならもう一歩の試みと成果を見せてほしいなと、高望み。

ただ、そうした力を美術から引き出す魔法を持つのは子どもたちではないでしょうか。
アタマノカタイオトナに比べ彼らは何をしでかすか分からない。
紋切型なオトナのネライを軽々飛び越えていく子ども達に
何を提供し、どこまで自由にさせてやれるか(がまん比べ?)、
鑑賞教育とも違う「1歩前!」の姿を垣間見れるよう、
金沢21世紀美術館にはしっかり実験をしてほしいものです。

(説明を割愛しますが「もう一回券」で来館している子どもを見かけました。
学校単位での見学以降も個人的に複数回訪れている子も多いようですね)


*
▼ 永遠のF1層? −草間彌生展

金沢の翌日、今度は京都国立近代美術館の「草間彌生展 永遠の現在」へ。
土曜午後のこちらも大入り。ただ明らかに景色が違う。
来館者の大半はF1層(20〜30代女性)、たぶん7割以上でした。
家族連れなんてほとんどいない。

現代美術の圧倒的な“消費者”は確かにF1、M1層のいわゆる“アート系”。
特に京都は芸大も多く特殊地域ですが、にしても極端…。
それで図録も完売だし「マネジメントの成果」といえばそうだけど、
彼らの大半が社会に出ると一気にアート熱も冷める現実を思えば、
も少し世代や性別を超えた偏りない普及を目指すべきではないでしょうかねぇ。


*
だんだん文章が冗長になってきました。自戒します。
しかも展覧会タイトルもじったりしてゴメンなさい(_ _)゛
風邪に続いていよいよ花粉の季節です。みなさまご自愛ください。


北村英之
dbe0114@mail3.doshisha.ac.jp

投稿者 : February 16, 2005 05:08 PM
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