October 31, 2005

シンポ「東アジアの鑑賞教育を考える」

岡崎の京都国立近代美術館にて開かれた日本美術教育学会のシンポジウム
「東アジアの鑑賞教育を考える」に行ってきました。
「東アジアとの比較の中で日本の鑑賞教育を考える」なかなか興味深くて示唆に富んだ内容でした。
例によってご報告です。今回は手短です。


前半の講演会は中国・武漢大学の陳望衡教授による近代中国美学の概説。
西周・中江兆民ら近代日本の学者たちが西洋美学をどのように摂取したのかを参照しつつ、王国維・魯迅ら近代中国の文人たちはどのように西洋美学を根づかせようとしたか、とか。
神林恒道『美学事始』(勁草書房,2002)に触発されて、その中国版の研究という位置付けでした。なかなか日本でも中国でも聞けない詳しく明快な解説で、近代美術屋さんのボク的にはめちゃ楽しかったです。

さて後半のシンポ。
「東アジアにおける鑑賞教育の現状調査ならびに比較研究」はH16-17年度の科研費研究。これは日中台韓の美術(科)教育の比較検討というのが大きな目標で、今回はその経過報告という名目でした。
発表者の萱のり子先生(大阪教育大学教授)は書道と美術の取扱いに関する比較、新関伸也先生(滋賀大学助教授)は4国の指導要領や教科書、カリキュラムの比較をそれぞれ報告されました。
萱先生は単一的な芸術概念であった東洋の「(詩)書画」が、西洋的な「音楽・美術・演劇・・・」という区分的な概念に移行した経緯を述べられ、明治期の学生発布以降の学校教育における「書」と「画」の変遷を概説してくださいました。
その上で書道においては「臨書」とい、「書くことを通して見る、見ることを通して書く」という表現と鑑賞の相互深化の場があるのに対し、美術ではそうした体験(「臨画」)が乏しいのではないかとの指摘でした。


つづく新関先生で興味深かったのは、
日本以外の中台韓いずれもが美術科というより「芸術科」であるという点。
その特徴をまとめると、

1.美術・音楽・書道・工芸・演劇・意匠などが一体化している
(教科書も一冊にまとめられていたりする)

2.いずれの分野でも表現と鑑賞が両立している。
「鑑賞」では批評や実生活への応用などの「内面化」も意識されている
(中国では「造形・表現」「設計・応用」「鑑賞・評論」「総合・探求」

3.各国の伝統文化や少数民族の文化、そして西洋美術など外国文化が織り交ぜられている(バランスは分からないけど)

4.小中高の連続性がつよく、発達段階に応じて重点が異なる(中国は一貫して「美術」)

5.生活や身体性に根差しており、総合学習の要素が含まれている
(韓国「楽しい生活」(小学校低学年)、台湾「芸術と人文」(3-9学年))

6.小学校から教科担任制がとられている

1.の一冊の教科書に美術制作から書道の綴り方から音楽の譜面までが入っているのには驚きました。これは萱先生も指摘された、東洋では本来そうであった統一的な「芸術」観に近いものであるとも考えられるようです。いずれの国にも歴史的な背景や教育方針の違いがあるでしょうが、この4国の中では日本だけが依然として芸術科目の細分化と非連続なカリキュラムを継続しているようです。


 で、今後の研究および美術科に対する見通し。授業時間の削減と脱ゆとり教育という、相容れない方向性が示されているような現状の教育改革の中では、おそらく芸術科・美術科・図工科はどんどん埋没していくだろう。最終的には高校のように芸術科として統合されるだろう、ということでした。ただ、それをネガティブにとらえるばかりでなく、中国・韓国のように音楽・工芸・書道などの要素とも共存した総合科目になるチャンスといえるかもしれないですね。 会場で大橋先生が仰っていた「国語は時間を増やしたいという。なら国語科書写1時間分を芸術科に移して、その分を芸術科に1時間分くれたらええやん。」というのもうなずけるものでした。

 たしかに美術科単独での存続は危ういかもしれません。およそ150年ぶりに、音楽や書道と一括りにされるかもしれません。ならばもしそうなった時のために、美術科は美術科として確固たるアイデンティティをもっておく必要があると思います。音楽さんや書道さんとも対等にわたりあっていけるように、表現も鑑賞も、きたえておくべきでしょうね。

ということでした。
文責:北村

日本美術教育学会→http://www.aesj.org/

投稿者 : 05:05 PM

シンポ「東アジアの鑑賞教育を考える」

岡崎の京都国立近代美術館にて開かれた日本美術教育学会のシンポジウム
「東アジアの鑑賞教育を考える」に行ってきました。
「東アジアとの比較の中で日本の鑑賞教育を考える」なかなか興味深くて示唆に富んだ内容でした。
例によってご報告です。今回は手短です。


前半の講演会は中国・武漢大学の陳望衡教授による近代中国美学の概説。
西周・中江兆民ら近代日本の学者たちが西洋美学をどのように摂取したのかを参照しつつ、王国維・魯迅ら近代中国の文人たちはどのように西洋美学を根づかせようとしたか、とか。
神林恒道『美学事始』(勁草書房,2002)に触発されて、その中国版の研究という位置付けでした。なかなか日本でも中国でも聞けない詳しく明快な解説で、近代美術屋さんのボク的にはめちゃ楽しかったです。

さて後半のシンポ。
「東アジアにおける鑑賞教育の現状調査ならびに比較研究」はH16-17年度の科研費研究。これは日中台韓の美術(科)教育の比較検討というのが大きな目標で、今回はその経過報告という名目でした。
発表者の萱のり子先生(大阪教育大学教授)は書道と美術の取扱いに関する比較、新関伸也先生(滋賀大学助教授)は4国の指導要領や教科書、カリキュラムの比較をそれぞれ報告されました。
萱先生は単一的な芸術概念であった東洋の「(詩)書画」が、西洋的な「音楽・美術・演劇・・・」という区分的な概念に移行した経緯を述べられ、明治期の学生発布以降の学校教育における「書」と「画」の変遷を概説してくださいました。
その上で書道においては「臨書」とい、「書くことを通して見る、見ることを通して書く」という表現と鑑賞の相互深化の場があるのに対し、美術ではそうした体験(「臨画」)が乏しいのではないかとの指摘でした。


つづく新関先生で興味深かったのは、
日本以外の中台韓いずれもが美術科というより「芸術科」であるという点。
その特徴をまとめると、

1.美術・音楽・書道・工芸・演劇・意匠などが一体化している
(教科書も一冊にまとめられていたりする)

2.いずれの分野でも表現と鑑賞が両立している。
「鑑賞」では批評や実生活への応用などの「内面化」も意識されている
(中国では「造形・表現」「設計・応用」「鑑賞・評論」「総合・探求」

3.各国の伝統文化や少数民族の文化、そして西洋美術など外国文化が織り交ぜられている(バランスは分からないけど)

4.小中高の連続性がつよく、発達段階に応じて重点が異なる(中国は一貫して「美術」)

5.生活や身体性に根差しており、総合学習の要素が含まれている
(韓国「楽しい生活」(小学校低学年)、台湾「芸術と人文」(3-9学年))

6.小学校から教科担任制がとられている

1.の一冊の教科書に美術制作から書道の綴り方から音楽の譜面までが入っているのには驚きました。これは萱先生も指摘された、東洋では本来そうであった統一的な「芸術」観に近いものであるとも考えられるようです。いずれの国にも歴史的な背景や教育方針の違いがあるでしょうが、この4国の中では日本だけが依然として芸術科目の細分化と非連続なカリキュラムを継続しているようです。


 で、今後の研究および美術科に対する見通し。授業時間の削減と脱ゆとり教育という、相容れない方向性が示されているような現状の教育改革の中では、おそらく芸術科・美術科・図工科はどんどん埋没していくだろう。最終的には高校のように芸術科として統合されるだろう、ということでした。ただ、それをネガティブにとらえるばかりでなく、中国・韓国のように音楽・工芸・書道などの要素とも共存した総合科目になるチャンスといえるかもしれないですね。 会場で大橋先生が仰っていた「国語は時間を増やしたいという。なら国語科書写1時間分を芸術科に移して、その分を芸術科に1時間分くれたらええやん。」というのもうなずけるものでした。

 たしかに美術科単独での存続は危ういかもしれません。およそ150年ぶりに、音楽や書道と一括りにされるかもしれません。ならばもしそうなった時のために、美術科は美術科として確固たるアイデンティティをもっておく必要があると思います。音楽さんや書道さんとも対等にわたりあっていけるように、表現も鑑賞も、きたえておくべきでしょうね。

ということでした。
文責:北村

日本美術教育学会→http://www.aesj.org/

投稿者 admin : 05:05 PM

October 30, 2005

「トヨタ白川郷自然學校」へ

toyota1.jpg

10/27-28、岐阜県・白川村にある「トヨタ白川郷自然學校」へ初めて行ってきました。今年4月にオープンしたばかりです。企業がCSRの取り組みの一つとして自然学校をつくる事例も増えてきていて、ホンダやリコーなどがすでに開設しています。
今回は私が会員になっている「日本アウトドアネットワーク(JON)」のミーティングへの参加のためですが、満を持して開校したトヨタの自然学校はどんなものか見てくることと、ここに就職した知人たちに話を聴く事も目的です。

京都から岐阜までJR在来線で行き、そこからアウトドア・サポートシステム(ODSS)の北川さんのクルマに、私の友人で京都府美山町で田歌舍を営む藤原ホマルさんと一緒に同乗させていただきました。ありがとうございました。

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校長の稲本正さんです。「オークヴィレッジ」の創設者で木工作家、作家。

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「日本アウトドアネットワーク(JON)」の臨時会員総会もありました。

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夕食はフレンチのコースです。元ミクニのシェフの手によるものだとか。おいしかったです。お腹いっぱいになりました。

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白川郷の合掌集落の見学にも出かけました。紅葉シーズンもはじまり、たくさんのバスツアー客が来ていました。

「トヨタ白川郷自然學校」は施設も、スタッフもとても充実していて、よかったです。しかしあの夕食は連泊だとどうなるのかなあ。

投稿者 Nishimura : 12:19 AM | コメント (2)

October 27, 2005

居残り補習授業

【ジョーク】 江湖亭のあだ名アンケートです。息抜きにどうぞ。
http://members14.tsukaeru.net/imasato/enq/enq.cgi

投稿者 : 09:09 PM | コメント (2)

October 26, 2005

「魅力ある大学院教育」イニシアティブに採択

応募提出にあたって今里先生が大きく関与された総政の「ソーシャル・イノベーション研究コース」が文部科学省の平成17年度「魅力ある大学院教育」イニシアティブに採択されました。来年度に新しい「ソーシャル・イノベーション研究コース」が開講されます。

以下は同大ウェブサイトからの引用です。

このたび、同志社大学大学院総合政策科学研究科のソーシャル・イノベーション研究コースが文部科学省の平成17年度「魅力ある大学院教育」イニシアティブに採択されました。2006年4月にソーシャル・イノベーション研究コースを開講します。

総合政策科学研究科
本研究科は、高度な専門知識・能力を身につけた職業人を養成することを主たる目的にした新しいタイプの大学院です。社会環境の変動が激しい現代においては、問題を正しくとらえ、それに対する的確な対策を講じることが必要不可欠です。本研究科は、問題発見能力と問題解決能力を高め、問題解決のための政策を立案できる人材育成をその第一義的ミッションとしています。

本コースが目指すもの
地域社会に生起する具体的な公共問題を解決できる実践能力を兼ね備えた行動型研究者の養成です。本コースはキャンパス外の市街地や農山村に設けた社会実験施設での社会実験を履修要件として義務づけています。社会革新の実践家、公共問題の当事者、地域住民等(=地域サポーター)との交流密度が高い場での研究は、大学院研究室だけでは決して得られない多様な学習と経験の機会を提供してくれるはずです。いわば地域社会という臨床の場で実践知を鍛錬し、それを大学院に戻って理論的に磨き上げることにこそ、本コースの真骨頂があると言えましょう。

本コースの特徴
本コースの際立った特徴の一つは、コースワーク、論文作成指導、学位審査等の各段階が有機的かつ体系的に連関し、かつ基礎政策科学系プログラムと臨床政策科学系プログラムとの相互媒介的連動によって学位授与へ導くという教育課程を用意していることにあります。

教育課程
まず、ソーシャル・イノベーション基礎講義群(理論編・実践編)を受講します。とくに実践編の講師は地域サポーターとして本コースを支えてくれる現場の実践家や市民等です。次に、研究基本構想をワークショップの形式で創出することが大学院生の課題となります。集合的な知的作業によってアイデアを創出していくファシリテーターとしての能力が求められます。

その後、現地調査を経て研究計画書が提出されますが、この研究計画書は社会実験計画と必ずセットになっていなければなりません。市街地および農山村に設けられたオフ・キャンパス実験施設における社会実験でのデータの獲得と仮説の検証作業が論文の必須の要素となるからです。

実験結果が報告書にまとめられた段階で大学院生は、第2次ワークショップを自ら企画・実施しなければなりません。このワークショップには教員組織はもちろん地域サポーターも第1次と同様に参加し、それぞれの立場から指導・批評・助言を行います。このプロセスを経て初めて論文草稿執筆作業に移行することになります。

投稿者 Nishimura : 07:01 PM | コメント (1)

October 25, 2005

ノーリッジより

 いつのまにやら、江湖亭にウッドデッキが!
 すごいですなぁ

 私も日本にいた頃に負けず劣らずフラット・メイトらと飲んでいますよ。


  Wiz Gr8 friends!.jpg


 ソクラテス(私の隣)の携帯で撮ったから画像が悪い…

  はてさて、M2のみなさんも論文に追われていると思いますが、私も追われています(涙)

  来週提出のレポートとプレゼンテーションで寝不足。
  ちなみにテーマは...
  Discuss: Is Democracy necessary for Good Governance (1500-2000)
The differing notions of power and empowerment embedded in development intervrntions
  です。

  それでも暇を見つけては遊んでいます。

  ちなみに、フラット・メイトはギリシャ人(Ph.D in Museology)と日本人(PG Diploma in World Art)の2人です。 ギリシャ人のクサンシーピーの研究テーマはキタフィのと似てるよ。

  来週末はうちのフラットでパーティーの予定。
  来月、写真のメンバーでコンサートに行かもしれません。(私以外ギリシャ人!)

投稿者 : 08:07 PM | コメント (5)

October 22, 2005

SS計画達成のお知らせ

江湖亭にて極秘に行われていた企画、プロジェクトSSが、このたびめでたく達成されました。

SS(すごいすのこ)計画とは、例の本当のSS計画のダミーとしてぶち上げられた名前というわけではなく、江湖亭の裏庭に大きな縁側を付けてしまおうという計画で、これはもともとはウッドデッキ作り計画等々と呼ばれていたものの、「そんな大層なものじゃないし」「そもそも完成するかどうかわからん」と及び腰になった渡辺君及び私こと澤井昭宏によってごく後ろ向けに名付けられたプロジェクト名です。が、どういうわけか見事に完成してしまいましたので、ここに自慢いたします。えへん


DSCF0014.jpg
まずは腹ごしらえ。サンドと野菜サラダ、イタリアで買ってきたプロシュートと、おつまみのパルミジャーノ。後ろに見える板材はバーナーで焦がして防腐効果とおしゃれ度アップを狙っています。


DSCF0021.jpg
先の見えない単調な作業にウンザリし、とりあえず板材を床にならべて完成のリハーサル。お疲れの今里先生もご到着、七輪でお料理の腕を振るって頂きました。メニューは京北の登喜和で買ってきたすじ肉の焼き肉。何ともテラウマス

DSCF0033.jpg
カレーは微笑みを呼びます。皆の嬉しそうなこと。お肉は例のすじ肉の余り。なお僕は食べ過ぎてしばらく死にました。作業をしている時間と何かを食べている時間があまり変わらない渡辺工務店の面々の優秀極まる仕事ぶり。


DSCF0035.jpg
足を組んでいきます。これまでに流された血と汗と努力が報われるまであと少し。ここに至ってはさすがにビールもワインも飲まずに皆真面目に作業します。しかしいい加減疲れてきたので図面も計画も適当にごまかします。「足なんてしっかり立てばいいの、どうせ見えへんのやし」


DSCF0042.jpg
「あれー、おかしいな、完成しちゃいましたよ」

図面も引かず材料を買い、長さも測らず切り始め、とりあえず作ってみてあとは場当たりと言う、素晴らしくイタリアンウェイな建築作業でも気がつけばいつのまにか完成してしまう——という秋の京都の町屋の奇跡。しかし実際、あのでこぼこのコンクリの床(おまけに場所により土)の上に、あんなにいい加減に作った(「あー、だいたい28センチくらい…」)足場が、こんなにしっかりとのってしまったのは、ピサの斜塔がまだ倒れない程度には奇跡的な出来事ではないかと思われます。ともあれ、作業を手伝って頂いた皆様、お料理の腕を振るって頂いた皆様、この場を借りてお礼申し上げます。

締まらないまま おわり

投稿者 : 11:51 PM | コメント (6)

October 18, 2005

京都精華大学CM!

ご覧になられた方もあると思いますが、
京都精華大学のCMが現在放映中です。

深夜にこれを見ると、ちょっと怖い気分になってしまいます。

「マルタケエビスニオシオイケ〜♪」

ぜひ一度お試し下さい(笑)。

http://www.seikavisual.net/cmp/cmp_top.html

投稿者 : 12:13 AM | コメント (2)

October 16, 2005

「みる・かんがえる・つたえる」とは

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京都大学総合博物館で今日行われた「視覚障害者とともに考えるサイエンスコミュニケーション」に参加してきました。その報告と感想です。
対話によって「伝える」そして「みる」ということの問題を考えるには絶好の企画でした。

※少々長くなっています。1の次に5を読まれてもだいたい分かると思います。そこから2や3に戻るとよいかもしれません。

企画次第は以下の通りです(引用一部改)

>*********************開催次第********************************
> □事業名:
> 「視覚障害者とともに考えるサイエンスコミュニケーション」
> □企画者:
> 塩瀬隆之(京都大学情報学研究科システム科学専攻 助手)
> □主 催:
>  京都大学21世紀COEプログラム「知識社会基盤構築のための情報学拠点形成」
> □協 力:
>  京都大学総合博物館(担当:大野教授)
> (http://www.museum.kyoto-u.ac.jp/)
>  Museum Access View(ミュジアム アクセス ビュー)
> (http://www.nextftp.com/museum-access-view/)
>
> □目 的:
>  将来,博物館などで活躍する学芸員を目指す学生を対象に,
>  サイエンスコミュニケーションの本質,「分かりやすく伝えるとは何か」
>  を深く考える機会の提供
>
> □背 景:
> 視覚障害者と言葉で美術鑑賞するとりくみが注目を集めている.
>  作られた時代背景や作風などテキスト化された情報よりはむしろ,
>  感じたありのままを言葉で表現し,その表現されたイメージを題材に
>  コミュニケーションを深めていくことが期待される.ここにコミュニケーション
>  の本質が見出される.昨今,サイエンスコミュニケーションの重要性が
>  広く認識されてきているが,上意下達的に知識を伝達するスタイルが
>  払拭できずにいる.美術鑑賞とたとえば博物館鑑賞とでは,まったく
>  意味が異なるが,真のサイエンスコミュニケーションを模索する上で,
>  視覚障害者とともに「分かりやすく伝えるとは何か」を考えることは
>  非常に示唆に富むコミュニケーションの場と考える.
>
> □スケジュール:
> 学生向け講演+鑑賞会+ディブリーフィングの三本立て
>         ----------------------------------
>  10:30−10:45 開会,趣旨説明(主に学生向け)
>  10:45−11:15 講演1:情報学/塩瀬隆之
>  11:15−12:00 講演2:人文研/加藤和人先生
>        ----------------------------------
> 13:00−13:30 集合,趣旨説明,班分け
> 13:30−15:00 博物館鑑賞
>  15:30−16:30 茶話会(博物館の一室)+閉会
>         ----------------------------------
> □実 績:
>   1)視覚障害者の文化アクセスとソーシャル・インクルージョン促進事業
>   http://www.ableart.org/choju04/312forum.html
>   2)視覚に障害のある人との言葉による美術鑑賞ハンドブック
>   http://www.ableart.org/handbook/
>
> ********************************************************************


では、流れに沿ってお話しします。

1.講演1(塩瀬さん)

塩瀬さん(情報学)のお話は、「ロボットと美術鑑賞を楽しめるか?」という疑問が出発点。作品を一気に画像処理して記憶しちゃうし、作者とか制作年とかスパスパ読み込んでいくロボットと一緒に絵をみるとしたら、彼(ロボットくん、彼女?)は数秒で「鑑賞」を終えて次にいくだろう、と。でもこれは美術鑑賞とは言いがたい、何が足りないのか。
*
その足りないものとして「コミュニケーション」が想起されます。絵を前に言葉を交わしつつ鑑賞する。その中から新しい発見や解釈が生まれる。それが端的に効果を示すのが視覚障害者と美術をみる場合というわけです。絵を視覚的にみることができない人と絵を「みる」場合、言葉の重要度は圧倒的に大きくなります。すると、「絵をありのままに、客観的に伝えられるか」という問題が出てきます。
*
「客観的」とはどういうことか。言葉を尽くしても情報伝達を正確に行うのは難しい。(電話で名前を伝えるのも難儀ですしね。ぼくの場合さいごの「之」^^;)。塩瀬さんのお考えとしては「気負わずに、ありのままに」言葉にすることがベターとのこと。実際、視覚障害者の人たちも辞書的な説明よりそうした主観の交換を求めている部分が大きいようです。まさに対話の中から共通理解に達するというわけですね。
*
そこで美術鑑賞一般に立ち戻ってみると、果たして視覚情報をほぼ100%受け取れる私たちも作品をそれほど十分に「みて」いるかという疑問が出てきます。単に細部まで目を凝らして対象を全て把握するというわけでなく(それはロボットの画像処理)、ましてや作者や技法といった「絵の中にない」情報に左右されるでもなく、眼前の作品にどれほどの疑問や違和感や共感やなんやらを持ち、それを考えることができるか。さらにはそれを「話す」ことで自分から発することができるか。この点を「画家の表現の追体験」(今回は博物館だったので「科学者の発見の追体験」とも)と説明されたのは、内面化とその再表出という「鑑賞」の一つの目標として明快でした。
*
ここまで、対話型美術鑑賞の本分「みる・かんがえる・はなす」と問題意識からアプローチから目標まで完全一致でびっくりしました(パワポがすばらしかった。)
さいごに、今回は博物館ということで、一部に自然物が含まれいる点が100%人造物の美術館とは違うという点、それから科学的事実をコミュニケーションを通して理解していくという、サイエンスコミュニケーションの問題意識を説明されて、見事30分でした。

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2.講演2(加藤さん)

つづく加藤さん(生命文化学)のお話しは、科学的客観的事実をいかに伝えるかという問題でした。
序盤で紹介されたのはイギリスの例。19世紀の科学者ファラデーの「ローソクの科学」(よく知らないけど、たぶん市民向け講義)以来の伝統を持つイギリスでも科学技術の進歩と市民の理解に乖離が生じ、80年代にはThe Public Understanding of Science(P.U.S)という市民向けの啓蒙の必要が提唱されたそうな。ところが90年代にはBSE問題、遺伝子組換え、そしてクローン羊ドリーと、科学的合理性を主張しただけでは市民の理解を得られない倫理レベルの問題が相次ぎ、市民との「対話」が求められるようになります。今里先生の昨年の講義で取り上げられた科学的客観性と妥当性境界の問題と同じですね。
*
加藤さんはこうした「科学的事実をいかに市民に伝えるか、社会に存在させるか」をテーマに以前から取り組まれ、一方通行の宣伝ではなく「ダイレクトで双方のコミュニケーション」による科学的事実の伝達、Public Science Meeting with Exhibitionを提唱されています。具体的には02〜04年に遺伝子研究を紹介する「ゲノムひろば」などを紹介されました。またこれからの研究者にはいかに成果を伝えるか、こりゃinterpritationの能力ですね。まさに。

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3.昼食@セミナー室

昼食からは学生と視覚障害者の方とで班分けされて行動。北村は佐藤さんと視野障害のNさん(矯正視力は1.0以上あるけれど視野が極端に狭く、白杖が「あると便利」なくらいの障害とか)、そしてそのご友人と4人でグループに。「白杖もつと社会がみえますよ」と仰るNさんは「この方がサマになるから^-^」と白杖を持たれたとか。ポジティブで明るい素敵な方でした。その他に参加されていたのは全盲の方が多かったようです。
*
昼食後には京大博物館の名物教授(?)、大野照文先生の館のなりたち。「京大は108年。煩悩の年月の間に先生たちは標本を250万点も集めました」と。館長以下教員スタッフ10名を擁する反面、正規の学芸員はおられないとか。うーむ、やっぱお金の流れ方がヘンだ。 筆舌に尽くし難い超触覚体験ができる「ベルベット・ハンドイリュージョン」でセミナー室が「ゔあ゙ぁぁぁぁ〜」という声に包まれたところでいざ、展示室へ。

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4.展示鑑賞

私たちの1班はまずは、1階エントランスで学生ボランティアが各研究分野を紹介する「子供向け」コーナーを占拠して、カメやトリやらの頭蓋骨標本と分類学のお話しに聞き入ってました。素朴な北村少年の「ヒトって1種類ですか?」との質問には「交配可能という意味では1種類、でも分類方法次第では判然としませんね」って。へぇ。亀の甲羅の裏側にくっついてる脊椎は見物でした。へぇへぇ。
*
さて展示室行かねば。ここからは本来「視覚障害者との展示鑑賞」の模様をお話しすべきですが、Nさんがなんせ視力1.2なのでうちのグループではあまり際立ったことは少なかったのは事実です。が、大野教授が特別ということでストロマトライト(大気中の酸素をつくってくれたありがたいバイ菌)の化石からゾウの歯の化石から重要文化財の石棺までペタペタ触らせてくれました。詳しくは後述しますが、このアクリルケースを取っ払って触らせてくれたというのは一つポイントです。また、教授のお話しが抜群におもしろかった。ここもポイントなので後述します。
*
皆さま、京大博物館にお越しの際は知り合いでなくとも「大野先生お時間ありますか?」と聞いてしましょうね。 例によってみんなでみれば楽しくて時間はすぐに経つ。あっという間に約2時間の鑑賞終了。

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5.まとめの会(小学校風?)

再びセミナー室。人数が多いので各テーブルごとにディスカッションし、報告。話題になったのは触覚と想像力でした。「触れるものをもっと。」いわゆるハンズオンですね。視覚障害のある人にとっては「触ってはじめてみえる」というのも事実。ただこの要望には、先述の通り大野先生がペタペタ触らせてくれたことが多少影響していたようです。塩瀬さんもコメントされたように「触っても全部は触りきれない」のもまた事実なわけです(ゾウの全体は触れないゾウ)。触覚や味覚はダイレクトに身体に響くので大きな手がかりですが、逆にそれだけでは伝達「量」に不足が出てしまう。やはり視覚を聴覚に置き換えて伝える必要性は大きいですね。
*
で、これについては美術家・光島貴之さんからこんなご意見。「たしかにゾウの全ては触れない。けれど一部に触れることで得た情報はそこから先への想像力をふくらませてくれる。」と。サモトラケノのニケ像は頭部がないから想像力をかきたてる、といったのは小林秀雄でしたっけ。なるほど「想像力を喚起するリアリティ」というのは、情報の良し悪しを判断するひとつの基準かもしれませんね。
*
また、大野教授や解説員のトークがおもしろかった、あるいは声がよかったという意見がありました。対話型鑑賞でもナビゲーター全員に共通するコミュニケーション・メソッドは重要ですが、やはり本番で鑑賞者の前に立つのは一個人なんですよね。そこでいかにそれぞれの素質、個性を活かしていくかは、やはり大きなテーマでしょう。大野教授のトークについてはボクなりにある程度分析できました。鑑賞者の日常に近づけるというアレです。カキ(牡蠣)の進化戦略でも「このカキは殻が多くて食べる方にはかなわんな。」石棺の変遷でも「陶製(須惠)の棺はわが社だけ。どや、ひとつ買っときませんか。」ね。
最後ははこだて未来大の伊藤精秀助教授のお話などでしめくくり。ありがとうございました、おつかれさまでした。

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6.思ったこと考えたこと

①コミュニケーションの目的はなんだろう?
対話型美術鑑賞でも「コミュニケーションによる」という点を重視しますが、なぜコミュケーション(対話)なのでしょう。例えば情報の共有あるいは共同理解が「目的」ならばコミュニケーションは「手段」になります。ならば情報共有では各個人のバックグラウンド(既知の知識とか、“community”)の格差も課題になってくるし、それにコミュニケーションは情報伝達経路に過ぎなくなる。うーん。
*
あるいはコミュニケーション自体が「目的」という言い方もできます。昨今は「コミュニケーション」と付ければ教育業界でも価値有り◎とされるきらいがありますが。それなら今度は目的を達成したときの「成果」は何でしょう。あるいは光島さんの言われた「想像力の喚起」かもしれません。あるいは、塩瀬さんの言う「関係づくり」、つまり伝える、教わるという人間関係を成り立たすための基盤整備なのかもしれません。このへんは、考えていかなきゃですね。

②想像力?
考えてみれば、しょせん客観的事実は「伝える」ことができても「伝わる」かは分かりませんし、伝わらなかった部分を補うのはその人の想像力です。それを促すための作業としてのコミュニケーションとはいえそうですね。しかし、私たちの鑑賞では、作者だの制作年だの「名画」「巨匠」だのによって「想像すること」を相当にジャマされていることは随分実感しています。それらを一時停止して想像力を使うことにどういう効果があるのでしょ。
*
トークの場合、おもしろいに留まらずそこから何か情報を得るまでには、やはりその前に関心や興味が高まっていることが大切でしょう。そうした「理解」に至る条件整備に「なんじゃこりゃ?」とか「もしや……かな?」と想像しておく、そうして「Wow , Huh…, Aha!!」だっけ。アメリアの情報提供の3パターンに合致するタイミングでinformationを提示することが効果的なのでしょうかね。このへんももうちょい詰めてみたいですね。

まぁ他にもメモには「間主観性」とかコミュニケーションの「物語性」とかありますけど、もういいや。おなかいっぱい。塩瀬さん、貴重な機会をありがとうございました。


- - - - ?(* ^ ^ )__(^ ^ *) ! - - - -
文責:北村英之
dbe0114@mail3.doshisha.ac.jp
- - - ♪(* ^ ^)__(^ ^ *)♪ - - -

投稿者 : 11:55 PM | コメント (3)

October 14, 2005

The Third Way (2005.10.5)

10月5日の読書会の要約が出来上がりましたので、アップさせて頂きます。

P78 L.19 The question of civil society〜p85 L.3 community resources.
The question of civil society(市民社会における課題)

アクティブな市民社会の育成は、第3の道の政策において基礎的な部分である。民力の低下は、保守主義者の単なる空想ではなく実際に社会で目に見える形で起こっている。その具体例が、結束力の希薄化、犯罪率の上昇、結婚・家族の崩壊などである。民力の低下は、福祉国家のせいにはできないし、そのままにしておけば社会が元通りに戻るとも考えがたい。それゆえ、政府は市民社会再生のため、重要な役割を果たすことができるし、果たさなければならない。

市民社会の再生において重要な点
・政府と市民社会とのパートナーシップ
・地方主権によるコミュニティーの再生
・(NPOのような)社会セクターの参加
・地方の公的領域の保護
・コミュニティーをベースにした犯罪の抑制
・民主的な家族

政府と市民社会のパートナーシップは互いに促進し合い、監視し合わなければならない。状況に応じて、政府はより民的領域に踏みこまなれければならない時もあるし、逆に撤退する必要がある時もある。政府が撤退するとき、政府のこれまでの活動を引き継ぐ地方グループをサポートするために資金を提供する必要がある。特に貧困地域においては、地方主導の育成が大きな結果になって現れる。

1950年代のPeter Hallの研究によると、社会セクターの活動はここ40年で拡大してきたとしている。伝統的なグループにとってかわって、セルフヘルプや環境に関するグループがそれらを補う形で出てきており、女性参加者も増加している。これらの活動の拡大は、多くの富裕層の人間によるものである。貧困層の人々は、自分たちの身内に社会が限られており、貧困層の人々の方が社会的なサポートを必要としている。

政府が関わるべき主要な課題の1つは、貧困層の中の市民秩序の回復を支援することである。貧困な地域の再生には、経済的な奨励が必要である。最近の研究では、外部の適切なサポートがあれば、衰退のプロセスを辿っている地域であっても再生が可能であると示している。その例の1つがブラジルのセアラ州である。セアラ州では、最もサポートを必要としている家庭には、最低限の賃金がもらえる仕事を与え、そしてデイケアセンターの経営はボランティアグループに最低限の賃金とともに任せた。またコミュニティーに小額の資金の貸付を行ったため、そのお金で女性の自立のためにミシンなどを購入した。その効果があり、1987年から1994年のセアラ州の経済成長率は4%にまでになった。
他の好例として挙げられるのが、「サービスクレジット」。慈善事業に参加したボランティアには他のボランティアからの寄付による賃金が「時間」で支払われ、各人の「時間ドル」の動きは、コンピューターで管理し、定期的に明細を発行する。この「時間ドル」は非課税となっていて、医療費の支払いなどにおいて特典がある。

政府は下からの意思決定や地方自治を奨励するのと同様に、こうした試みに貢献する準備をすべきである。例えば、マイクロクレジット(小額信用貸付)が地方経済のイニシアティブに効果的であるとされている。スラム街への継続した投資は、地方のビジネスの自主性を発展させる。政府は直接投資するだけでなく、民間企業に対して投資したり、訓練プログラムを提供したり、地方のインセンティブを育成することも可能である。

【私見】
NPOなどの第3(社会)セクターはまだまだ、官・民の他の二者に比べて、経済的にも組織的にも小さい存在です。それゆえ、「The Third Way」に書かれているように、地方のインセンティブを育成するためには、政府はそのまま市民グループやNPOなどに事業を丸投げするのではなく、政府もパートナーとして対等な立場のもと援助していかなくてはならないと思います。政府側に「育成する」という視点が重要です。
その一つとして今回出てきたマイクロクレジットの例としてアメリカでの取り組みがあります。アトランタのNPOカーター・センターのプログラム「ジ・アトランタ・プロジェクト」です。カーターセンターの理事は元大統領のジミー・カーターで、このジ・アトランタ・プロジェクトは、企業と地域・NPOのパートナーシップによる地域改革のモデルとされています。1991年カーター氏がサントラスト銀行に財政的支援とともに、従業員の提供、低所得者への融資(マイクロクレジット)を依頼しました。これまで小額信用貸付は銀行間では行わないと決めており、また商売にはならないとサントラスト銀行は考えていましたが、ジ・アトランタ・プロジェクトのもと、銀行口座を初めて持つ人への教育、賛同したほかの金融機関とともにスモールビジネス・ローンファンドの創設と互いにリスク分散を図りながら融資を始めました。すると、リスクがあるどころかむしろ大きな利益が生むことが分かり、結果的に企業にとっても良い結果をもたらし、地方経済の活性化にもつながりました。
このように、政府、企業、NPOの三者がwin-win-winの関係を構築できるようなプログラムが今、最も必要とされていると痛感しました。
(参考文献:岸田眞代・高浦康有著『NPOと企業 協働へのチャレンジ ケーススタディ11選』同文舘出版 2003年)

投稿者 Kubo : 09:42 PM | コメント (0)

October 13, 2005

町家公共空間の新名称「桃花潭 江湖亭」に決定!

メーリングリストで町家公共空間の新名称へのご意見+投票を行っておりました。
ありがとうございました。
正式名称を「桃花潭 江湖亭」(とうかたん こうこてい)とし、通称は「江湖亭」ということに決定したいと思います。
書面での案内文などには「桃花潭 江湖亭」と正式名称を表記し、通常私たちが口頭で呼ぶ名前としては「こうこてい」ということでいきたいと思います。

あらためて、以下に由来を引用しておきます。

この名の謂われは、李白の『贈汪倫』という詩の中に出てくる「桃花潭」と。
いう美しい淵の名前です。

『贈汪倫』

李白乗舟将欲行    李白 舟に乗りて 将(まさ)に行かんと欲す
忽聞岸上踏歌聲    忽ち聞く岸上の踏歌の声
桃花潭水深千尺    桃花潭の水は深さ千尺
不及汪倫送我情    及ばず汪倫が我を送る情(こころ)に

この有名な詩を贈られた汪倫も、酒つくりであったという。詩の作られた場所は、今
の安徽(あんき)省の?(けい)県のそば。わざわざそこまで汪倫の酒を味わいに出
掛けた李白は、何日かの滞在ののち、舟にのって出発しようとした。このへんの旅行
は、すべて舟である。そのときふと聞こえてきた岸の上の歌ごえ。見れば汪倫が、村
人たちと手をつなぎあい、足ぶみして調子をとりながら、歌をうたって、自分を見
送ってくれるのであった。

舟は、桃花潭という美しい名をもった淵の上を、するするとすべってゆく。ふかいふ
かい淵の水、しかしその深さも、汪倫の素朴な、あたたかい心の深さには、及ばな
い。

という意味だそうです。(本多さんより)

東島誠 『公共圏の歴史的創造』(東京大学出版会、2004年)を読んでいた
ら、「明治期における江湖の浮上」という節に、「江湖」とは、「読書し、論議
する公衆が形成する言説の空間」であり、そこに「開かれた公共性のポテンシャ
ル」があるとの指摘がありました。その意味では、「江湖」こそ、われわれが目
指す公共空間の理念ではないか、と思いまして、「江湖亭」(こうこてい)はい
かがかと提案させていただきます。
(今里先生より)

投稿者 Nishimura : 01:36 PM | コメント (1)

October 12, 2005

おひさしぶりです!

 みなさまお元気にしていらっしゃいますか?よねこでございます!

 私は、授業も2週目に突入し、毎授業のリーディングに追われております。
 (気分転換と称する時間が長いような気もしなくないけれども )

 本日は、ここの大学院はこんな感じっていうのをちょっくら報告します。(続く)
 


 登録している科目は各学期に3科目(私が所属しているところの上限です)
   秋は必修:Introduction to Education for Development
      選択:Gender Concept for Development
     Governance, Democracy and Development

  毎週の講義のリーディング・リストには平均10冊の本(もしくはジャーナル)があります、
  毎週じゃないけどSeminarというのがあってDebate, Presentation, Study tripが行われます。
  各授業の評価はSeminarと学期の最後に出すCourse workで決定。
  授業によってはMid termにもレポートがあります(私は2つ)。

  基本的にひたすら資料を読み続けるのですが、すでにアップアップ…
  私だけかと思いきや、ほかの生徒たちも"I'm stuck!!!"と叫んでいたのでよしとしてます。
  1週間で30冊も英語の資料を読めないって!

  システムに不満があるとしたら休憩時間がないことかしら。
  12時に終わって、次が12時からってどういうことさ。(しかも違う建物…)

  授業じゃないけど、Academic Writing (Post Advanced)とFrench (Improver)にもでています。
  同じ寮のギリシャ人たちからギリシャ語を習い始めてみました。

  こんなとこでしょうか。今度は、寮の話でものっけようかな?
  こっちはまだ昼間です。

 それでは、よねこでした。

投稿者 : 09:50 PM | コメント (3)

October 11, 2005

完成に近づくウッドハウス

PICT0006.JPG

長崎県江迎町味菜自然村に建設中のグリーン・ツーリズム施設「ウッドハウス」が完成に近づいています。玄関の前に広々としたウッドデッキを設置し、室内にはホテル使用のユニットバス、180㎝のシステムキッチン、冷蔵庫、コンビネーション型レンジ、TV(DVD&VTR再生機付き)、シングル・サイズのソファベッド×2等を備える予定です。

投稿者 Imasato : 04:29 PM | コメント (0)

October 05, 2005

環境市民「京都自転車マップ まちなか版」!

NPO環境市民「自転車チーム ちゃり民」が2年以上に渡って企画、調査、制作してきた「京都自転車マップ まちなか版」がついに出版されました! そろそろ書店にも並びます。
総政関係者も関わっていますね。西尾さん、渡辺さん、桜井さんの名前が出ていました。理事として御礼申し上げます。みなさん買ってくださいね。

NEC_0103.jpg

詳細WEB http://www.kankyoshimin.org/bicycle/mappub.html

以下サイトより引用

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「自転車チーム ちゃり民」が2年以上に渡って企画、調査、制作してきた「京都自転車マップ まちなか版」がついに出版されました!
 このウェブサイトの地図にさらに追加調査を行い、情報の追加や精度を大幅に上げてあります。
 京都市内のお勧めサイクリングコースをはじめ、走りやすい道、走ると危ない場所、自転車店、レンタサイクル、坂道、トイレ、駐輪場など自転車で走るために欠かせない情報が満載です。より多くの人が自転車の魅力、面白さ、楽しさを知り、「もっと自転車が使いやすい街にしよう」という声が高まれば、自転車が走りやすいまちづくりも進みます。このマップがそのきっかけになればと願っています。
 京都は街中ならどこでも自転車で行ける大きさで見どころも多く、自転車で走ることがとても楽しい街です。自転車なら渋滞知らずで、街の雰囲気、風を直に感じて走ることができ、街をより身近に知ることができます。
 さあ、これからがいよいよ自転車に最適なシーズン。この秋はあなたも「京都自転車マップ」を片手に、サイクリングに出かけましょう!

【内容】
1部 1,000円(税込)
63.6×90cmのカラー大判地図 /コース解説小冊子(48頁)付き /雨に濡れても大丈夫なビニールケース入り

投稿者 Nishimura : 12:22 AM | コメント (0)